アルバムレビュー:X by Kylie Minogue

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発売日: 2007年11月21日
ジャンル: エレクトロポップ、ダンスポップ、シンセポップ、エレクトロクラッシュ


サバイバルと祝祭の交差点——“生還”したKylieが選んだ、踊るという回復の形

Xは、Kylie Minogueにとって10作目のスタジオ・アルバム。
だがこの“X(=10)”という数字には、単なる通算数以上の意味が込められている。
2005年、彼女は乳がんと診断され、長期にわたる治療と活動休止を余儀なくされた。
Xはその“復帰作”にあたるが、そこに込められたメッセージは「私は戻ってきた」ではない。
むしろ「私は今、ここで踊っている」——そんな静かな決意と歓びが、ビートの奥で鼓動している。

音楽的には、前作Body Languageで見せた内省的エレクトロから一転し、より攻撃的かつ華やかなクラブ・ポップが中心。
プロデューサーにはCalvin Harris、Bloodshy & Avant、Guy Chambersら錚々たる顔ぶれが参加し、アルバム全体は極めて多彩な音像を展開している。
だがそれらを貫くのは、Kylieという存在そのものが放つ“ポップの意志”である。


全曲レビュー

1. 2 Hearts

グラムロック的なピアノリフとセクシーなファルセットで幕を開ける。
「2つの心が一つになる瞬間」が、スモーキーかつゴージャスに描かれる。

2. Like a Drug

鋭利なビートとサイバーなサウンドが印象的なエレクトロ・クラッシュ
恋における中毒性を、まるでナイトクラブのスピーカーの中で告白するように響かせる。

3. In My Arms

ヨーロピアンなシンセ・ポップ。
愛と幻想の境界を揺らぐように歌う、浮遊感と高揚が同居したアンセム。

4. Speakerphone

ボーカルをエフェクトで加工した近未来的ポップ。
人間とテクノロジーの狭間にある“声”そのものがテーマ。

5. Sensitized

アコーディオン風のサンプルとビートが絡むエキゾチックなトラック。
欲望と官能が戯れるようなリズムが続く。

6. Heart Beat Rock

ラップ調のヴォーカルとリズミカルなビートが絡む軽快なポップ。
恋のときめきを“ビート”として捉えた、踊れる恋愛譚。

7. The One

アルバム屈指の名曲。
エレガントなビートと透明感のあるメロディが融合し、恋に落ちる瞬間の魔法を描く。
「I’m the one, love me, love me, love me…」という囁きが胸を打つ。

8. No More Rain

唯一、病との対峙を感じさせるような内省的トラック。
「もう雨は降らない」——回復と再生をさりげなく語る歌詞に、Kylieの静かな強さが宿る。

9. All I See

R&Bテイストが強い異色作。
軽やかでありながら、真っ直ぐな愛の訴えが響く。

10. Stars

夢のようにきらめく音像と、ポップスとしての普遍性が美しく融合した一曲。
遠くの誰かに祈りを捧げるような、優しさに満ちている。

11. Wow

クラブ映えするシンプルなエレクトロ・ポップ。
「Wow!」と連呼するフックの中に、原初的な喜びが詰まっている。

12. Nu-di-ty

セクシャルかつ挑発的なミニマル・ファンク。
タイトル通り、“裸”になることの快楽と解放を描いている。

13. Cosmic

アルバムを締めくくるのは、ミディアムテンポの柔らかでスピリチュアルな楽曲。
「もっと星を見て、もっと笑って」といった歌詞が、人生を愛おしむ気持ちで満ちている。


総評

Xは、Kylie Minogueというアーティストが「サバイバー」として戻ってきたことを華やかに、そしてさりげなく証明した作品である。
決して重苦しい自己表現には陥らず、あくまでポップのフォーマットを通して、痛み、快楽、祝祭、そして静かな希望を伝える。

本作には明確なコンセプトや統一されたトーンは存在しないかもしれない。
だが、だからこそ「生きている」ことの複雑さと多面性が、そのまま音として封じ込められているのだ。
Kylieは言葉ではなく、ダンスとビート、そしてウィスパーで、それを語った。


おすすめアルバム

  • Blackout by Britney Spears
     ——自己崩壊と再構築の狭間で生まれた、ダークで革新的なエレクトロポップ。
  • Confessions on a Dance Floor by Madonna
     ——痛みをダンスに昇華させた、ポップアイコンの復活劇。
  • Emotion by Carly Rae Jepsen
     ——恋ときらめきに満ちた、80sテイストの洗練されたシンセポップ。
  • Come and Get It by Rachel Stevens
     ——UK産の隠れたダンスポップ名盤。Kylie的な都会感覚と親和性が高い。
  • Supernature by Goldfrapp
     ——官能と電気が交差する、エレクトロ・グラムポップの粋。

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