発売日: 1983年
ジャンル: ロック、ニュー・ウェイヴ、AOR
概要
『Wonderland』は、Nils Lofgrenが1983年にリリースした7作目のソロ・アルバムであり、1980年代的な音響処理とポップセンスを前面に打ち出した、“時代に適応しながらも自我を失わない”転換点的作品である。
従来のハートランド・ロック的な肉体感やブルージーなギターは後退し、代わりに煌びやかなシンセサイザー、ゲートリバーブの効いたドラム、シャープなリズムアレンジといった“80年代的スタイル”が明確に導入されている。
特筆すべきは、ロフグレンの誠実で温かい歌声が、このテクノロジー主導のサウンドの中でも決して埋もれることなく、むしろより強調されている点である。
また、ルー・リードやローレン・ウッドといったゲストの参加により、音楽的な多様性と親しみやすさが加味されている。
“Wonderland”というタイトルが示すように、本作は現実と幻想、孤独と希望が交差する“80年代的夢想空間”として機能している。
全曲レビュー
1. Across the Tracks
オープニングからシンセとリズム・ギターが絡み合い、都会的なムードが広がるナンバー。
“線路の向こう側”という比喩は、格差、境界線、憧れの裏返しなど多義的に解釈でき、アルバムの核心的テーマを示唆する。
2. Into the Night
疾走感のあるポップ・ロックで、サビの高揚感が印象的。
“夜の中へ”と飛び込むイメージが、若さと逃避、そして自由への衝動を象徴する。
サウンド的にはBryan AdamsやDon Henleyを思わせる。
3. I Wait for You
しっとりとしたバラードで、ロフグレンのヴォーカルがきわめて情感豊かに響く一曲。
繊細なピアノと透明感あるコーラスが、切ない“待つ時間”を美しく描き出す。
ローレン・ウッドがバックボーカルで参加。
4. Moonwalk
ややファンク色のある異色トラックで、マイケル・ジャクソンの“ムーンウォーク”とリンクするかのようなタイトルが80年代らしい。
リズム重視のアレンジと、軽妙なギター・リックが特徴的。
遊び心とスタイリッシュさが同居している。
5. Wonderland
表題曲にして本作の要。
“夢の国”を舞台に、現実逃避と切実な願望が交差するシンセ・ポップ・バラード。
「君と僕だけのワンダーランドへ」というフレーズが、ロマンスと孤独を同時に内包している。
幻想的でありながら、どこかリアルな感傷がにじむ。
6. Confident Girl
ストレートなポップロックで、80年代的“強い女性像”をポジティブに描写。
フックの効いたメロディと、キャッチーなサビが耳に残る。
歌詞の力強さが、ロフグレンの優しい声と絶妙な対比を成す。
7. Deadline
“締切”をテーマにした、緊張感のあるナンバー。
時間に追われる現代人の焦燥をリズムと構成で巧みに表現しており、ある種の都市ブルースとして機能する。
ギターソロは短くも鋭く、アクセントとなっている。
8. Lonesome Ranger
西部劇的な孤独と都市の孤独を重ねたような、叙情的なトラック。
“ロンリー・レンジャー”というキャラクター性に、アウトロー的自画像が投影されている。
サウンドは控えめだが、物語性の強い一曲。
9. Everybody Wants
ルー・リードが共作・コーラスで参加したダークなミッドテンポ・トラック。
“誰もが欲しがってる”という反復が、資本主義社会へのアイロニーを滲ませる。
シンプルながら深みのある構成で、アルバムの中でも異色の存在感を放つ。
10. Keep It Open
アルバムを静かに締めくくる優しいラヴソング。
“心の扉を閉ざさないで”というメッセージが、ロフグレンの変わらぬ誠実さを象徴している。
静かな余韻が、アルバム全体の“夢からの目覚め”を示唆するようにも思える。
総評
『Wonderland』は、Nils Lofgrenが1980年代というサウンドと価値観の変化に直面しながらも、自己の音楽性を柔軟に進化させたアルバムである。
ギタリストとしての存在感をやや抑え、よりソングライターとして、あるいは物語の語り手としての側面を強調しており、彼のアーティストとしての奥行きを再発見できる作品でもある。
煌びやかだがどこか哀しみを帯びた音像、現実と幻想のあわいに立つようなリリック、それらが“ワンダーランド”という空間を象っている。
時代の音を纏いながらも、ロフグレンの人間的な温かみが確かに息づいている――このアルバムは、そんな誠実なロックの在り方を、静かに証明している。
おすすめアルバム（5枚）
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Don Henley – Building the Perfect Beast (1984)
洗練された80s AORサウンドと、社会意識のあるリリックが『Wonderland』と親和性大。 -
Lou Reed – The Blue Mask (1982)
共作者ルー・リードのソロ代表作。『Everybody Wants』の背景理解にも最適。 -
David Bowie – Let’s Dance (1983)
ギターとポップを融合した80sロックの代表格。ロフグレンの方向性と重なる部分あり。 -
Bruce Springsteen – Tunnel of Love (1987)
ロックと成熟した視点のバランス。ロフグレンの“語り手”としての側面と共鳴。 -
Robert Palmer – Clues (1980)
ポップとニュー・ウェイヴの橋渡し的作品。『Moonwalk』や『Confident Girl』に通じる軽快さ。
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