発売日: 1995年6月5日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、フォークロック、ポップロック
概要
『Why the Long Face』は、Big Countryが1995年にリリースした7枚目のスタジオ・アルバムであり、彼らの音楽的成熟と再出発の両面を映し出す作品である。
前作『The Buffalo Skinners』で見せたヘヴィで骨太なロック・サウンドから一転し、本作ではより内省的でメロディアスなアプローチへと移行。
タイトルの「Why the Long Face(なぜそんなに沈んだ顔をしているの?)」は、英国的ユーモアを含んだ表現であると同時に、アルバム全体に漂う哀愁と穏やかな問いかけの姿勢を象徴している。
制作はバンド自身とクリス・シェルドン(Therapy?、Radioheadのエンジニア経験あり)との共同によって行われ、サウンドは洗練されながらも、生々しさと温もりを残している。
この時期のBig Countryは、音楽シーンの主流からやや距離を置きつつ、自分たちの原点と向き合う誠実な姿勢を貫いていた。
全曲レビュー
1. You Dreamer
力強くも哀感に満ちたオープニングナンバー。
“夢を見る者よ”という呼びかけが、すべてのアウトサイダーに向けられた応援歌のように響く。
スチュアート・アダムソンの情熱的なボーカルと開放感のあるギターが心を撃つ。
2. Message of Love
軽快なテンポの中に、愛と誠実さを讃える歌詞が織り込まれた一曲。
タイトル通り、シンプルながら真っ直ぐな“愛のメッセージ”を届ける温かみのあるロック。
リフとコーラスの絡みが印象的。
3. I’m Not Ashamed
内面の葛藤をテーマにした、重層的なミッドテンポのロックチューン。
“自分は恥じていない”というフレーズに、アダムソンの強い自己肯定と闘いの痕跡が宿る。
大きな起伏はないが、深く染み渡る構成。
4. Sail into Nothing
旅と空虚、時間の流れを重ねた叙情的なバラード。
穏やかなギターと淡いコーラスが、孤独な航海の風景を描き出す。
詩的なリリックと静かな旋律がアルバムの“内面”を象徴している。
5. Thunder & Lightning
一転してロック色の強いナンバー。
“雷と稲妻”という比喩が、感情の激しさや急変する現実を象徴する。
ハードな演奏とリズミカルな展開で、ライブでも映える楽曲。
6. Send You
失われた関係への手紙のような、パーソナルな歌詞が印象的なバラード。
アコースティックギターのシンプルなアルペジオと、抑制されたヴォーカルが、切なさを際立たせている。
7. One in a Million
希望と個人の特別性を歌うポジティブなナンバー。
キャッチーなメロディと明快なビートが、アルバムの中で軽やかな光を放つ存在となっている。
バンドのポップ志向を感じさせる一曲。
8. God’s Great Mistake
本作屈指の名曲であり、最も重く、最も深い。
“神の偉大なる過ち”というタイトルが示す通り、人生の不条理や世界の不完全性を見つめる深遠な問いかけが込められている。
力強いギターとアダムソンの切実な歌声が融合し、胸を打つ。
9. Wildland in My Heart
原野や自然を心の象徴として描いた詩的なロックナンバー。
アメリカーナ的な響きを取り入れつつも、スコットランド的感性が色濃く滲む。
開放感のあるリフが印象的。
10. Take You to the Moon
ファンタジックで愛情深いラヴソング。
“月へ連れて行く”という約束は、現実からの逃避ではなく、共に見る夢の象徴として響く。
アレンジは控えめで、詞の美しさが際立つ構成。
11. Far from Me to You
距離と断絶をテーマにした静かなナンバー。
地理的な距離以上に、感情の隔たりを描き出し、聴く者の孤独感にそっと寄り添う。
静けさの中に鋭さを秘めた、詩のような曲。
12. Come Back to Me (Acoustic)
かつての名曲の再解釈バージョン。
アコースティックによる再構成により、より繊細で心に沁み入る形でよみがえった。
締めくくりとして、このアルバムの“原点回帰”の精神を象徴している。
総評
『Why the Long Face』は、Big Countryが自らの歴史と折り合いをつけながら、等身大の表現を追求したアルバムである。
そこにあるのは、過去の栄光でも、時代の波に乗ろうとする焦りでもない。
あるのは“今、自分たちが鳴らせる音”への静かな確信と誠実な対話である。
音楽的には、ハードロックの勢いとフォークロックの優しさを織り交ぜた豊かなバリエーションを持ち、各曲が語る物語性も強い。
その語り口は決して声高ではないが、だからこそ耳を澄ませたくなる温度感がある。
スチュアート・アダムソンの歌声は、この時期特有の穏やかさと痛みを含んでおり、それがアルバム全体に“聴くこと”への親密な空間を与えている。
『Why the Long Face』は、旅の途中でふと足を止めて自分を見つめ直すような、静かで深い一枚なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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Grant Lee Buffalo / Mighty Joe Moon (1994)
フォークとロックの融合、美しい詞と叙情的メロディの共鳴。 -
Del Amitri / Twisted (1995)
同時代の英国バンドによる誠実なソングライティングとメロディ感。 -
R.E.M. / New Adventures in Hi-Fi (1996)
旅と内省、荒涼と希望が同居するアメリカン・ロックの佳作。 -
The Waterboys / Dream Harder (1993)
スピリチュアルなロックとフォークの接点として共通項あり。 -
Bruce Springsteen / The Ghost of Tom Joad (1995)
社会と個人を見つめる、静謐で誠実な語り口。
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