
1. 歌詞の概要
「White Belly(ホワイト・ベリー)」は、Bellyのデビュー・アルバム『Star』(1993年)の終盤に収録された楽曲であり、アルバム全体の空気感を静かに、そして不穏に締めくくるような存在感を放っている。ドリーミーでありながら不透明で、神話的なイメージと身体的な感覚が交差するこの楽曲は、タイトルが象徴する“白い腹”という表現そのものが、純粋さと脆さ、そして内面への暴露を暗示している。
この曲の語り手は、まるで自分の内部を他者に晒してしまったかのような、あるいは何かを内に宿していることに気づいてしまったような感覚に取り憑かれている。歌詞においては、明示的なストーリーは語られないが、身体の内側から湧き上がる違和感や、静かな恐怖、または変身願望のようなテーマが浮かび上がる。
「White Belly」という言葉は、胎児、死体、秘密、あるいは女性的な身体といった複数の象徴を想起させる。そのイメージは、Bellyというバンド名にも通じる“内側=腹”をめぐるメタファーであり、Tanya Donellyが一貫して描いてきた“内なる世界の神話化”を凝縮した楽曲でもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Star』というアルバム自体が、現実と夢、少女性と成熟、現世と神話、静けさと暴力のあいだを揺れ動く、極めて象徴的な作品である。その終盤に配置された「White Belly」は、Bellyの音楽的・詩的美学を締めくくるための内的沈潜のような位置付けである。
Tanya Donellyはこの時期、神話や民話、動物的なイメージ、そして身体に宿る感覚を、自身の記憶や感情と結びつけて歌詞に落とし込んでいた。彼女の作詞は明確なストーリーではなく、あえて意味の輪郭をぼかした詩的断片によって構成されており、「White Belly」では特にその手法が顕著にあらわれている。
また、“腹”という部位に対する彼女の執着――それは暴力、出産、欲望、死、創造など、あらゆる“始まり”と“終わり”が交錯する象徴として頻出するが、この曲ではタイトルそのものがそれを体現している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
White belly in the sand
砂の中に埋もれる白い腹And the flies make their demands
そしてハエたちが要求を始めるOh no, I can’t believe this
まさか、こんなことになるなんてDon’t tell me what this is
これが何かなんて、言わないで
※ 歌詞引用元:Genius – Belly “White Belly”
これらの歌詞は、一見するとグロテスクにも思えるが、その中には生命の終焉と再生、そして“見ること”の暴力性と“見られること”への羞恥や恐れが同時に存在している。「砂の中の白い腹」は死骸を想起させる一方で、何かが生まれようとしている胎動のようにも見える。
ハエというイメージも印象的だ。それは腐敗の象徴であると同時に、自然の循環の一部でもある。つまり、この曲は“崩壊と再生”をめぐる自然的・神話的なイメージを極限までミニマルに抽出した詩的風景といえる。
4. 歌詞の考察
「White Belly」は、言語化できない内面的な衝動――不安、性、死、生、そして無垢と穢れの交錯――を、象徴的なイメージによって浮かび上がらせる詩である。ここに描かれているのは一つの出来事ではなく、むしろ“感覚そのもの”であり、それは夢の中の光景のように、意味を持たないからこそ深く胸に残る。
この曲の語り手は、おそらく“自分の中にある何か”に気づいてしまった者である。それは隠しておきたかった傷、他者に知られたくない本音、あるいは社会の中での居場所のなさかもしれない。だがそれを“白い腹”として可視化してしまった瞬間、もはや隠すことはできない。
Donellyのボーカルはここで特に息遣いが強調され、まるで囁くように、あるいは自分に言い聞かせるように、歌詞を紡いでいく。その声は決して大きくはないが、だからこそ一語一語が重く、聴く者の心に残る。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Into Dust by Mazzy Star
崩れ落ちるような感情と沈黙のあいだにある繊細な歌。 - Teclo by PJ Harvey
死と愛、内なる崩壊と肉体の記憶を詩的に描く楽曲。 - When Under Ether by PJ Harvey
無意識と意識、女性の身体感覚が曖昧に揺れる幻想的なナンバー。 - Little Earthquakes by Tori Amos
身体に刻まれたトラウマを“地震”のメタファーで表現した圧倒的な告白。 - Dress by PJ Harvey
装うことで社会に適応する“女性”の内面を暴く鋭利なオルタナティブ・クラシック。
6. 内なる腹の風景:Bellyが描いた沈黙の詩
「White Belly」は、Bellyのデビュー作『Star』の中でも最も静かで、最も怖く、そして最も美しい楽曲のひとつである。大声で叫ぶわけでも、情熱的に訴えるわけでもない。むしろその逆で、囁きと沈黙の中で、じっとこちらを見つめてくるような曲だ。
“白い腹”とは、何かを暴かれてしまった瞬間の象徴である。それは、社会に対して、他人に対して、そして何より自分自身に対して、“もう隠しきれない何か”を晒すこと。それでもDonellyはそこに意味や救済を求めず、ただその光景をそのまま差し出す。
だからこそ、「White Belly」は言葉以上に多くのものを語る曲なのだ。
それは夢でもあり、死でもあり、始まりでもあり、記憶でもある。
聴き終えた後、何が語られたのか明確にわからないのに、胸の奥に“ざらり”とした感覚だけが残る――そんな曲が、『Star』という名のアルバムの最後を締めくくることに、深い意味があるのではないだろうか。
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