1. 歌詞の概要
「Whiskey in the Jar(ウィスキー・イン・ザ・ジャー)」は、アイルランドに古くから伝わる民謡をThin Lizzy(シン・リジィ)が1972年にロック・アレンジでカバーした楽曲であり、バンド初の商業的成功をもたらしたヒット曲としてその名を知られている。もともとのバラッドは、アイルランドの反逆者を主人公にしたもので、兵士や強盗、裏切り、そして愛と酒が交差する抒情的で哀愁に満ちた物語を歌っている。
歌詞は、語り手である“俺”がキャプテン・ファレルという兵士から金を奪ったあと、恋人モリーに裏切られて捕らえられるという展開で構成されている。物語は非常に簡潔だが、その中に忠誠と裏切り、愛と金、暴力とロマンスという普遍的なテーマが凝縮されており、アイルランド民話の奥深さとロックの反逆精神が見事に融合している。
Thin Lizzy版は、原曲の素朴さを残しつつも、ギターリフを中心に構築された力強いアレンジによって、1970年代初頭の新しいアイリッシュ・アイデンティティの形を提示した作品となった。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Whiskey in the Jar」は数世紀にわたってアイルランドやスコットランドで歌い継がれてきたトラディショナル・ソングであり、数多くのバリエーションが存在する。その中でも、1960年代以降に活躍したThe DublinersやThe Clancy Brothersらによってフォークソングとして広まり、70年代にはThin Lizzyがそれをエレクトリック・ギターを用いたロックスタイルで再解釈した。
フィル・ライノット(Phil Lynott)はこの楽曲を、自身のアイルランド的ルーツとロック的反骨精神を橋渡しする表現の場として位置づけており、民族的叙情とロックのグルーヴを一つにまとめあげた。なお、この曲は当初アルバムには収録されずシングルとして発表されたが、英チャートでトップ10入りを果たし、バンドの名を世に知らしめる転機となった。
特筆すべきは、Thin Lizzy版ではスコット・ゴーハム以前の初期メンバー、エリック・ベル(Eric Bell)によるギターリフが全編を牽引しており、この旋律が後の数々のカバー(特にMetallica版)にも影響を与えるスタンダードとなったことである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
As I was goin’ over the Cork and Kerry mountains
俺がコークとケリーの山を越えていた時のことI met with Captain Farrell and his money he was counting
キャプテン・ファレルが金を数えているところに出くわしたI first produced my pistol and then produced my rapier
まずピストルを抜き、それからレイピア(細剣)を構えたI said, “Stand and deliver or the devil he may take you”
「立ち止まって金を出せ。でなきゃ地獄行きだ」と言ってやったMusha ring dum-a do dum-a da
ムシャ・リング・ダマ・ドゥ・ダマ・ダ(アイリッシュ伝統の無意味音句)Whack for my daddy-o, whack for my daddy-o
ワック・フォー・マイ・ダディー・オー、ワック・フォー・マイ・ダディー・オーThere’s whiskey in the jar
壺にはウィスキーがたっぷりと
(参照元:Lyrics.com – Whiskey in the Jar)
このサビのコーラスはアイリッシュ・フォークの典型であり、歌われるたびに土地の記憶や共同体の感情を呼び覚ます呪文のような力を帯びている。
4. 歌詞の考察
「Whiskey in the Jar」の語り手は、明確な反英雄である。盗賊でありながらどこか憎めず、恋人モリーへの愛情もあり、そして裏切られて投獄される――そんな哀愁と刹那性を帯びた男の物語は、アイルランドの歴史的背景とも密接に結びついている。
アイルランドにおける“盗賊”とは、しばしば英国支配に対する反抗の象徴として描かれてきた。キャプテン・ファレルという兵士を襲う行為には、単なる強盗ではなく、支配者階級に対する民衆の抵抗の寓話としての意味も含まれている。だからこそこの曲は、単なる泥棒話ではなく、抑圧と自由、愛と裏切りの物語として、国民的な感情に深く訴えかけてきたのである。
フィル・ライノットはその核心を理解したうえで、ロックバンドとしての解釈を施している。アコースティックなフォークソングを、電気的なギターとドラムで再構築することで、“反抗の物語”に現代的なエネルギーを注入したのだ。彼のボーカルは、語り部としての節回しと、若き反抗者としての怒りや悲しみを同時に含んでおり、このバージョンが今なお多くのファンにとって決定版とされる所以である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Black Rose by Thin Lizzy
アイルランド神話とロックの融合。シン・リジィが民族性と芸術性を極めた傑作。 - The Foggy Dew by The Dubliners
イースター蜂起を描いた叙情的なアイリッシュ・バラッド。 - Whiskey in the Jar by Metallica
ヘヴィメタルによるカバー版。力強さと哀愁が極限まで引き出された名演。 - Fields of Athenry by Dropkick Murphys
アイルランド民謡をパンクでカバーした、怒りと涙のハイブリッド。 - The Wild Rover by The Pogues
酒と放浪をテーマにしたフォーク・パンク。陽気さと切なさが絶妙に同居する。
6. “アイリッシュ・アイデンティティの再構築としてのロック”
「Whiskey in the Jar」は、Thin Lizzyにとってただのカバー曲ではなかった。これはアイルランドの歴史、土地、民衆、感情をロックというフォーマットで再発明する挑戦であり、そしてそれが見事に成功した例でもある。
1970年代のロックシーンにおいて、アイリッシュ・ルーツを明確に打ち出したロック・バンドはまだ少なく、フィル・ライノットのような黒人とアイルランドの血を引くフロントマンが、その声で土地の記憶を歌うということには、深い文化的意味と象徴性があった。
この曲が今なお歌い継がれる理由は、それが単に「ノリのいい酒の歌」だからではない。そこには、歴史に翻弄され、愛に裏切られ、それでも立ち上がろうとする人間の姿があり、それを音楽という形で何度でも甦らせることができるからだ。
そして、壺の中にあるウィスキーは、単なる酒ではない。それは時間、記憶、そして語り継がれる物語の象徴なのである。飲み干されるたびに、新たな物語が生まれ、また誰かの口から語られていく。それこそが「Whiskey in the Jar」が持つ、本当の魔法なのだ。
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