アルバムレビュー：When Will We Land by Barry Can’t Swim

発売日: 2023年10月20日
ジャンル: エレクトロニカ、ジャズ・ハウス、アンビエント・ダンス、ダウンテンポ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
- 関連記事:

概要

『When Will We Land?』は、スコットランド出身のプロデューサー／マルチ・インストゥルメンタリスト、Barry Can’t Swim（バリー・キャント・スイム）による待望のデビュー・フルアルバムであり、ジャズ、クラブ・ミュージック、アンビエント、フォークといった多様な要素が溶け合った、詩的かつ身体的な作品である。

前作EP『More Content』などで注目されていたBarryは、本作において“踊ること”と“漂うこと”の両立を実現し、エレクトロニック・ミュージックの中に情緒的なストーリーテリングを組み込むという野心的な構築を成し遂げた。

アルバム・タイトルの「When Will We Land?（いつ僕らは着地するのか？）」は、パンデミック後の不安定な浮遊感、そして人生そのものにおける“目的地なき旅”を象徴する問いかけであり、その揺らぎこそが本作のテーマである。

全曲レビュー

1. When Will We Land?

空港のようなアナウンス音とパッドから始まるイントロダクション。
タイトルが問いかける“着地”のメタファーを、リズムではなく余白で表現する。
浮遊感のあるオープニングが、リスナーを“旅”へと誘う。

2. Sonder

“Sonder”＝他者の人生にも複雑な物語があるという感覚。
ジャズ・ハウスのビートと感傷的なピアノが絡み、ダンスと内省が溶け合う。
音の層が徐々に重なっていく構成が、人生の深まりを象徴している。

3. How It Feels

女性ボーカルをフィーチャーした、感情豊かなエレクトロニック・ソウル。
歌詞は最小限に抑えられつつも、“感情の輪郭”がくっきりと浮かぶ。
メロウなベースと繊細なリズムが身体と心を同時に揺らす。

4. Sunsleeper

ブレイクビーツとミニマル・ピアノの交差。
“日を眠らせる者”という幻想的なタイトルにふさわしく、昼と夜のあわいのような音像が広がる。
アンビエントとダウンテンポの中間を漂う、浮遊感に満ちたトラック。

5. Woman

複数の声とパーカッションが交差する、トライバル／アフロ・フュージョン的要素を含んだダンス・トラック。
“女性”というテーマを神秘的かつ敬意をもって描き出す。
ポリリズミックな展開が聴くたびに新しい発見をもたらす。

6. Always Get Through to You

温かみのあるコード進行と、繰り返されるフレーズが印象的なハウストラック。
“あなたにきっと届く”というメッセージが、クラブの暗闇の中でまばゆく光る。
Barryの楽曲の中でも最も感情的に訴えかけてくる一曲。

7. I Won’t Let You Down

アシッド・ジャズとエレクトロのクロスオーバー。
メロディはどこかノスタルジックで、未来と過去の間をループするような感覚に陥る。
声のサンプルが繰り返し現れ、信頼と裏切りの境界を揺さぶる。

8. Tell Me What You Need

ボーカルサンプルがミニマルに配置され、グルーヴが徐々に構築されていくタイプのトラック。
“対話”をテーマにした構成で、リスナーとの距離が近づいたり遠のいたりする感覚が面白い。
耳ではなく、肌で聴くタイプの楽曲。

9. Dance of the Crab

ユーモラスなタイトルとは裏腹に、技巧的かつ複雑なリズムパターンが特徴のインストゥルメンタル。
ビブラフォン風の音色や不規則なビートが、“横歩きする蟹”のような動きとリンクしている。
ジャズ的なアプローチが顕著な一曲。

10. Define Dancing

Pixar映画『WALL-E』にインスパイアされた楽曲。
「踊りとは何か？」という問いに対して、身体性よりも感情の動きを重視したようなエレクトロ・バラード。
メロディは美しく、どこか子どものような無垢さを感じさせる。

11. At the End of the Day

アルバムのクロージング・トラック。
シンプルなピアノと環境音が溶け合い、日常の終わりと静けさが丁寧に描かれる。
着地を拒みながらも、“今日という旅”に静かに幕を引く美しいフィナーレ。

総評

『When Will We Land?』は、Barry Can’t Swimが“クラブ・カルチャーの中に宿る人間味”を丹念にすくい取った作品であり、ただ踊らせるのではなく、聴き手を“感情の旅”へと誘う稀有なエレクトロニック・アルバムである。

アルバム全体を通して、リズムとメロディ、アコースティックとエレクトロニック、浮遊と着地──あらゆる二項対立が溶け合い、境界線のない音楽体験が広がっていく。
それは、ただの“チル”でも“ダンス”でもなく、誰もが自分のペースで没入できる“内的クラブ・ミュージック”なのだ。