発売日: 1985年3月
ジャンル: ポストパンク、ニューウェーブ、ドリームポップ
概要
『What Does Anything Mean? Basically』は、The Chameleonsが1985年にリリースしたセカンド・アルバムであり、彼らの音楽的ビジョンとサウンドスケープがより内省的かつ抽象的に深化した作品である。
デビュー作『Script of the Bridge』で確立したギター中心のポストパンク・サウンドは、本作でよりドリーミーかつ空間的な質感を帯び、聴く者の心象に訴えかける内的な旅を提示するものとなった。
アルバムタイトルに象徴されるように、「意味とは何か?」「存在とは何か?」といった哲学的な問いが全体を覆い、明確な物語というよりは感覚の断片が連なっていくような構成が特徴的である。
リリース当時は前作ほどの商業的成功には至らなかったものの、批評家や熱心なファンの間では、最も深い精神性を湛えた作品として再評価が高い。
このアルバムによって、The Chameleonsは単なるポストパンク・バンドではなく、より詩的でサイケデリックな領域へと踏み込んでいったのだ。
全曲レビュー
1. Silence, Sea and Sky
アコースティックギターが印象的な、短くも美しいオープニング。
無音、海、空というシンプルな単語が象徴するように、アルバム全体の抽象的な空気を導入する役割を果たしている。
2. Perfume Garden
透明感のあるギター・リフと躍動するリズムが織りなす、今作の中でも最もキャッチーな楽曲。
「香りの庭」というタイトルが示すとおり、知覚の記憶や感情をめぐるイメージが詩的に展開される。
3. Intrigue in Tangiers
異国的なタイトルが示すように、エスニックな響きを帯びたギターと不穏なテンポ感が特徴。
架空のスパイ劇のようなサスペンスフルなムードも漂う。
4. Return of the Roughnecks
社会からこぼれ落ちた者たち=“ラフネック”の帰還。
鋭いギターと緊張感のある展開が、彼らの怒りとアイデンティティの主張を描き出す。
ライブでも人気の高いトラックである。
5. Singing Rule Britannia (While the Walls Close In)
皮肉を込めたタイトルと、崩壊する国家やアイデンティティへの問い。
「Rule Britannia」という愛国的な歌を引用しつつ、その真逆の閉塞感を音で体現している。
6. On the Beach
波音のようなギターと、淡いシンセが印象的なドリームポップ風楽曲。
過去の回想や、喪失の記憶が漂っているようにも聴こえる。
7. Looking Inwardly
アルバムの核心ともいえるトラック。
内面への深い探求をテーマにしたリリックと、浮遊感のあるメロディが、精神の迷宮を描き出す。
一歩一歩、内なる世界へ沈んでいくような感覚が得られる。
8. One Flesh
旧約聖書的な「一つの肉」という表現をタイトルに持つこの曲は、男女の結びつきや人間関係の儚さを描く。
ややゴシックな影を帯びたメロディが印象的。
9. Home is Where the Heart Is
「家とは心のある場所」という古い格言を逆手にとり、現実の“家庭”や“国”が持つ欺瞞や喪失を浮き彫りにする。
ギターの響きは暖かくも冷たく、皮肉と哀しみが交錯する。
10. P.S. Goodbye
終曲にふさわしい、別れと余韻に満ちたトラック。
「追伸:さようなら」というタイトルが示すように、手紙の最後のような語りかけでアルバムを閉じる。
そこには完全な終焉ではなく、どこか宙ぶらりんの感情が残されている。
総評
『What Does Anything Mean? Basically』は、The Chameleonsがより詩的かつ抽象的な方向に進化を遂げた作品であり、ポストパンクの枠組みを超えた“音による哲学的体験”とも言える。
楽曲ごとの明確な構造というより、夢と現実、記憶と幻影が交錯する音の断片が連なり、聴き手に解釈の余地を多く残している。
リリックには宗教的な比喩、社会への皮肉、そして深い内省が込められており、単なるノスタルジーや青春の記録ではなく、存在そのものを見つめ直す視点が宿る。
このアルバムを通して、The Chameleonsは「ポストパンクの影」としてだけでなく、「音響詩人」としての存在を確立したのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Cocteau Twins – Treasure (1984)
言語と音の境界を曖昧にしながら夢幻的な世界を築く、もうひとつの“音の詩”。 - The Sound – Heads and Hearts (1985)
同時代的に内面を掘り下げる作品。叙情性と知性のバランスに共鳴する。 - The Psychedelic Furs – Talk Talk Talk (1981)
混沌とした社会意識と美学を融合させたポストパンクの傑作。 - Red Lorry Yellow Lorry – Talk About the Weather (1985)
よりハードな音像で展開する影のポストパンク。同年リリースの共鳴作。 - Tuxedomoon – Holy Wars (1985)
実験的かつ芸術的なアプローチで、抽象と感情のはざまを描き出す。
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