発売日: 1996年7月2日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、グラム・ロック、ポスト・グランジ
概要
『Wax Ecstatic』は、Spongeが1996年に発表したセカンド・アルバムであり、グランジの余韻が残る90年代半ばにおいて、ロックの原点回帰と進化の両立を図った意欲作である。
前作『Rotting Piñata』でラジオヒットを飛ばし注目を集めたSpongeは、本作において単なる“グランジフォロワー”ではなく、より多彩で野心的なサウンドスケープを披露する。
アルバムタイトルの“Wax Ecstatic（蝋のエクスタシー）”には、アナログ文化へのオマージュと、芸術的な陶酔感の暗示が込められており、実際その内容も、ハードロック、グラムロック、ガレージパンク、ブルースといった雑多な要素を織り交ぜた、退廃的かつ華やかな作品に仕上がっている。
ボーカルのVinnie Dombroskiは、前作よりもさらに多面的な表現力を発揮し、David BowieやIggy Popを思わせるグラマラスで芝居がかったスタイルにも挑戦している。
一方、リリックの面では“死”“夢”“名声の空虚さ”といった主題が中心であり、90年代半ばのポスト・ニルヴァーナ的な喪失感が全体を貫いている。
全曲レビュー
1. My Purity
ミドルテンポのダウナーなオープニング。
歪んだギターとリズムの引きずるようなグルーヴが、退廃的な美しさを演出する。
「純粋さ」とは何かを問い直す、皮肉に満ちた一曲。
2. Got to Be a Bore
テンションの高いガレージロック調の楽曲。
名声や日常の“退屈さ”への怒りと不満が、突き抜けたエネルギーとして爆発する。
3. Wax Ecstatic (To Sell Angelina)
タイトル曲であり、アルバムの象徴的ナンバー。
グラムロックの影響が濃く、ピアノと歪んだギターの絡みが艶やかに響く。
“アンジェリーナを売る”という比喩が、セレブリティ文化や自己売買の空虚さを象徴。
4. The Drag Queens of Memphis
南部的なモチーフとドラァグクイーン文化を融合させた、異色の楽曲。
ユーモラスでありながら社会風刺も効いており、演劇的な構成が光る。
5. I Am Anastasia
悲劇的なロマノフ王朝の末裔アナスタシアをテーマにした、荘厳で美しいバラード。
死と記憶、再生のテーマが、メランコリックなメロディと共に浮かび上がる。
6. Silence Is Their Drug
攻撃的なギターとパンク的ビートが強烈な一曲。
「沈黙は彼らのドラッグ」という表現が、集団的無関心への批判として機能する。
7. Have You Seen Mary
アルバム屈指の名曲。メロウで内省的な構成、浮遊感あるメロディが切ない。
“メアリーを見たか？”という問いが、失われた愛と記憶の迷宮を彷徨わせる。
8. My Baby Said
エネルギッシュなブギー・ロック。
どこかT. Rex的な軽快さがあり、アルバムの中でも最もキャッチーな一曲。
9. Death of a Drag Queen
再び“ドラァグクイーン”というモチーフが登場。
舞台的な展開とともに、アイデンティティの崩壊と再生を描き出す。
10. Velveteen
シンプルなアコースティック調の小品。
“ビロードのような”という意味のタイトル通り、柔らかく感傷的な空気を湛えている。
11. Imagine You
アルバムのラストを飾る、儚くも壮大なロック・バラード。
想像上の存在に語りかける形式で、人間の孤独と救済の希求を描く。
静かな余韻とともに幕を閉じる。
総評
『Wax Ecstatic』は、Spongeが“グランジの影”から抜け出し、より演劇的で耽美的なロック表現へと舵を切った作品である。
その挑戦は成功だったか？——答えは肯定的である。
確かに、前作ほどの商業的ヒットには至らなかったが、音楽的完成度と多様性の面では、むしろ本作の方が豊かで奥行きがある。
グランジ、グラム、ブルース、アメリカーナといった要素を自由に横断しながらも、全体を支配する“死と記憶”のトーンが一貫しており、アルバムとしての統一感も高い。
これは、90年代半ばにおけるロックバンドの成熟の記録であり、同時に“名声の裏側”を静かに語るもう一つのグランジ・ドキュメントなのである。
おすすめアルバム（5枚）
- Stone Temple Pilots / Tiny Music… Songs from the Vatican Gift Shop
グラムやジャズの要素を取り入れた多彩なロック作品。Spongeの本作と同じ進化の志向を感じる。 - David Bowie / Aladdin Sane
演劇的でグラマラスな構成が共通。Spongeのタイトル曲との精神的リンクが強い。 - Iggy Pop / Brick by Brick
デトロイトのロック精神と文学的な視点が交差する、硬派なロックの指標。 - The Smashing Pumpkins / Adore
死や記憶、喪失感を静かに描いた耽美的ロック。Spongeのメランコリックな側面と共鳴。 - The Afghan Whigs / Gentlemen
感情の激しさと耽美的サウンドが融合した90年代屈指のダークロック名盤。
制作の裏側（Behind the Scenes）
『Wax Ecstatic』は、SpongeがEpic Recordsと契約したまま制作したメジャー第2弾。
プロデューサーにTim Patalanを再び迎え、デトロイト近郊のスタジオにて録音された。
バンドはこの時期、グランジ以降の多様なロックへの関心を持ち始めており、制作段階から自由な発想と実験精神が発揮されたという。
アートワークやMVにおいても演劇的・ヴィジュアル的要素が強くなり、単なる“ローカル・ロック・バンド”ではない洗練が顕著に表れている。
特に「Have You Seen Mary」や「Wax Ecstatic」の映像表現には、90年代MTV文化とアートロックの接点が見て取れる。
この作品は、Spongeが“ジャンルではなく表現”へと軸足を移した、最初の本格的成果なのだ。
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