1. 歌詞の概要
「Wasteland（ウェイストランド）」は、The Mission（ザ・ミッション、別名The Mission UK）が1987年に発表したデビュー・アルバム『God’s Own Medicine』に収録された楽曲であり、バンド初期を代表するシングルでもある。この曲はUKチャートにおいて11位を記録し、ゴシック・ロック／ポストパンクの潮流に乗りながら、より壮大でドラマティックな美学を築き上げた作品として知られている。
タイトルの「Wasteland（荒れ地）」は、T.S.エリオットの詩や宗教的象徴とも通じる多義的な概念を孕んでおり、精神的な荒廃、人間関係の不毛、愛と信仰の喪失、あるいは終末的な世界の中を彷徨う魂の姿を暗示する。
歌詞は直線的な物語というよりも、断片的なイメージと象徴を積み重ねていく構造となっており、愛や裏切り、解放、そして再生をめぐる詩的な旅が描かれている。冒頭の「I still believe in God / But God no longer believes in me（僕はまだ神を信じているが、神はもう僕を信じていない）」という一節に象徴されるように、本作は信仰と絶望のあいだを揺れ動く祈りにも似たラブソング／サバイバルソングなのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
The Missionは、元The Sisters of Mercyのメンバー、**Wayne Hussey（ウェイン・ハッセイ）とCraig Adams（クレイグ・アダムス）**によって1986年に結成されたバンドである。ゴシック・ロックに分類されることが多いが、そのサウンドはよりエモーショナルでメロディアス、宗教的な象徴性と劇場的なスケール感に満ちている。
「Wasteland」は、彼らの最初期の代表曲であり、ライブでは定番曲として長年演奏され続けている。プロデュースはTim Palmer（後にU2やRobert Plantを手がける）によるもので、ギターのアラビックなリフ、地鳴りのようなベース、荘厳なドラムとエコーの効いたヴォーカルが織りなすサウンドスケープは、まさに“魂の旅路”を音で描くような構成となっている。
Wayne Husseyは、ゴシックな美学とともに、信仰と愛、堕落と救済というテーマを繰り返し探求する作家性を持っており、「Wasteland」もまたその象徴的作品である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
（引用元：Genius Lyrics）
I still believe in God / But God no longer believes in me
僕はまだ神を信じている——だが神はもう僕を信じてはいない
There’s a space in my heart / Where the wind rips through
僕の心には、風が吹き抜けていく空洞がある
And the holes in my life / Won’t let the light shine through
僕の人生の穴からは、光さえも差し込まない
I’m lying on the wasteland / With the wolves at my door
荒れ地に横たわる僕、扉の外では狼たちが吠えている
I’m bleeding from the wound I opened up before
以前開いた傷口から、いまも血が流れ続けている
このように、歌詞は比喩と象徴に満ちており、肉体的な痛みと精神的な荒廃が交錯する。風、光、傷、狼といったイメージが織りなすのは、内なる崩壊と、それでもなお何かを信じようとする意思の物語である。
4. 歌詞の考察
「Wasteland」は、The Missionの持つ精神性と演劇性のバランスが絶妙に取れた詩的なロックアンセムであり、その歌詞は“ゴシック”というジャンルを超えて、普遍的な人間の葛藤を描いている。
信仰を失いかけた男が、自らの荒れ地を彷徨いながら、かつて愛した誰かの幻影や、かつて信じた世界との断絶を静かに語る——それはどこか、聖書の預言者のようであり、同時にパンク以後の個人主義者の独白のようでもある。
「Wasteland」は、“世界の終わり”を描いているのではなく、“愛が終わったあとに残る風景”を描いている。そしてその風景は、破壊と救済が同時に宿る、乾いた大地のような心象風景なのだ。
音楽的にも、ギターリフはまるで中東の砂漠を彷徨うような浮遊感をもたらし、ドラムは重々しくも決して沈まない。Husseyのヴォーカルは祈りのように響き、崩壊した世界のなかにまだ希望の残滓があることを信じさせてくれる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Lucretia My Reflection by The Sisters of Mercy
同じく闇と光のあわいを彷徨う退廃的美学のゴシックロック。 - Tower of Strength by The Mission
「Wasteland」と並ぶバンドの名曲。支えとなる人への信仰と崇拝を描く荘厳なアンセム。 - All Tomorrow’s Parties by The Velvet Underground
終末的な祝祭の中に佇む女性像を描いた、静かな混乱のバラード。 - She Sells Sanctuary by The Cult
神秘と欲望、光と影のはざまを走るサイケデリックなロック賛歌。 -
Bela Lugosi’s Dead by Bauhaus
ゴシック・ロックの原点的作品。不死と崩壊がダブとエコーのなかで混ざり合う。
6. 信仰を失った世界で、それでも信じたいもの
「Wasteland」は、1980年代のゴシック・ロックが到達した精神的な深みと音楽的スケール感の頂点のひとつである。
その歌詞は明確なメッセージを叫ぶのではなく、崩壊し、空洞になった魂の声を、静かに、しかし切実に届ける。
この曲が語るのは、信じていたものに裏切られ、それでもなお信じようとする者の姿。
世界が灰になっても、心のどこかで光を求めてしまう——その愚かさと美しさのあいだに立つのが、「Wasteland」という詩なのである。
これは滅びの歌ではない。
それは、失われた信仰の荒れ地に、もう一度足跡を刻もうとする者の祈りである。
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