発売日: 1976年5月
ジャンル: ロック、シンガーソングライター、フォークロック
概要
『Warren Zevon』は、ウォーレン・ジヴォンが1976年に発表した本格的なメジャーデビューアルバムであり、
彼のソングライターとしての才能が一気に開花した画期的な作品である。
1970年に自主制作的に発表した『Wanted Dead or Alive』とは異なり、
プロデューサーにはジャクソン・ブラウンを迎え、
リンダ・ロンシュタット、グレン・フライ、ドン・ヘンリー、ボニー・レイットなど、
西海岸の豪華ミュージシャンたちがバックアップ。
ロサンゼルスのシンガーソングライター・シーンの中でも、
異端の叙情詩人としてジヴォンは独自の地位を築くことになる。
哀愁、ユーモア、皮肉、暴力、破滅――
そのすべてを鋭利な筆致で描き切ったこのアルバムは、
1970年代アメリカン・ロックを代表する傑作として高く評価されている。
全曲レビュー
1. Frank and Jesse James
南北戦争後の無法者フランク&ジェシー・ジェームズ兄弟を英雄視しながら、
アウトロー精神への憧れを詩情豊かに描いたオープニングナンバー。
2. Mama Couldn’t Be Persuaded
母と息子のすれ違いを描く、ほろ苦い家族ドラマ。
ジヴォン特有のシニカルな視点が滲む。
3. Back’s Turned Looking Down the Path
失われた愛と後悔をテーマにした叙情的なバラード。
柔らかいピアノの響きが孤独感を際立たせる。
4. Hasten Down the Wind
後にリンダ・ロンシュタットがカバーしヒットさせた美しいバラード。
別れの痛みと受容を静かに描き出す名曲。
5. Poor Poor Pitiful Me
自己破壊的な人生を、ユーモアと自虐を交えて描くロックチューン。
リンダ・ロンシュタットのカバー版でも有名。
6. The French Inhaler
業界の虚飾と挫折を、ビターな視点で切り取った名曲。
ジヴォンの冷徹なリアリズムが鋭く光る。
7. Mohammed’s Radio
ラジオと音楽への祈りをテーマにした、スピリチュアルで普遍的な楽曲。
「救いはまだそこにある」という微かな希望を感じさせる。
8. I’ll Sleep When I’m Dead
死への誘惑と暴走する生を、
皮肉たっぷりにハードなロックサウンドで歌い上げる。
9. Carmelita
ヘロイン中毒者の悲哀を描いた暗く美しいバラード。
ロサンゼルスの片隅を舞台にした、哀切極まる物語。
10. Join Me in L.A.
都会の夜の孤独と堕落を、クールで退廃的なタッチで描写するミディアムナンバー。
11. Desperados Under the Eaves
アルバムの締めくくりにふさわしい名曲。
ロサンゼルスのホテルで繰り広げられる、
絶望と自己憐憫の詩。
最後に静かに響く「Look away down Gower Avenue…」のリフレインは、
ジヴォンという孤高の詩人の魂そのものである。
総評
『Warren Zevon』は、
ウォーレン・ジヴォンがロサンゼルス・シンガーソングライター黄金時代の中で、
誰よりも異端で、誰よりも真実に近かったことを証明したアルバムである。
ジャクソン・ブラウンの洗練されたプロデュースのもと、
ヘンリーやフライらのサポートを得ながらも、
ジヴォンの救いのないユーモア、暴力的なロマンティシズム、冷酷な現実感覚は、
決して色あせることなく、アルバム全体を支配している。
『Warren Zevon』は、
単なる70年代ウェストコーストサウンドの一作ではない。
それは、
理想が砕け散った後の世界で、それでも歌い続けようとする
孤高のソングライターのデビュー宣言なのである。
おすすめアルバム
- Warren Zevon / Excitable Boy
ジヴォンの最大の商業的成功作。「Werewolves of London」収録。 - Jackson Browne / Late for the Sky
70年代LAシンガーソングライター・シーンを代表する叙情的名盤。 - Randy Newman / Good Old Boys
アメリカ南部の闇を皮肉と哀しみで描いた知性派シンガーソングライターの傑作。 - Tom Waits / Closing Time
酒場と夜を舞台にした、若きトム・ウェイツの叙情詩。 - Joni Mitchell / Court and Spark
都会の孤独と愛を洗練されたサウンドで描いたカナダ出身シンガーソングライターの代表作。
歌詞の深読みと文化的背景
1976年――
アメリカはベトナム戦争後の喪失感、ウォーターゲート後の幻滅、
そしてポストヒッピー文化の瓦解を経て、
**”理想なき現実”**に直面していた。
『Warren Zevon』に通底するのは、
そうした時代の幻滅感であり、
それをジヴォンは、
英雄譚でもなく、純粋な愛の歌でもなく、
苦い笑いと、乾いた絶望で描き出した。
「The French Inhaler」では、
ロサンゼルス音楽業界の夢と欺瞞を、
「Desperados Under the Eaves」では、
都会の孤独と飲み込まれるような無力感を――
ウォーレン・ジヴォンは、
希望を捨てきれない絶望の歌い手として、
このアルバムで不滅の存在となったのである。
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