1. 歌詞の概要
「Wargasm(ウォーガズム)」は、L7が1992年にリリースした3rdアルバム『Bricks Are Heavy』の冒頭を飾る楽曲であり、そのタイトルからして衝撃的なワードプレイに満ちた、怒りと皮肉の結晶のような一曲である。
“Wargasm”とは、「war(戦争)」と「orgasm(絶頂)」を組み合わせた造語であり、軍事的暴力が快楽やエンタメとして消費される構造を批判した表現である。つまりこの曲が突きつけるのは、国家の戦争行為を“正義”として讃える世論や、戦争を通じて経済が潤い、国威発揚が図られるという、冷笑的なアメリカ社会の現実である。
語り手はこの“ウォーガズム”に熱狂する社会に対して距離を取り、そこで繰り返される欺瞞や偽善を切り裂くようにして叫ぶ。そしてその怒りは、個人的な視点ではなく、“国”や“社会”の構造そのものに向けられている点で、L7の音楽の中でも特に政治色が濃く、プロテストソングとしての強度を誇る。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Wargasm」が書かれた1991年〜1992年という時期、アメリカでは湾岸戦争(Gulf War)が大きな社会的イベントとして記憶されていた。特にCNNが24時間体制で空爆を中継する様子は、“戦争のテレビ化”として世界を驚かせると同時に、戦争がエンターテインメントのように扱われるという問題を突きつけた。
L7はこの湾岸戦争に対して強い批判的視点を持っており、「Wargasm」はその怒りをダイレクトに表明した作品である。アメリカにおける愛国主義と軍産複合体の結託、そして戦争が“平和のため”と称される矛盾――そうしたテーマを、Donita Sparksは一切の婉曲なしに、鋭いアイロニーでぶつけてくる。
『Bricks Are Heavy』はButch Vigのプロデュースにより重厚でパンチのある音像を獲得したが、その一曲目として「Wargasm」が据えられたことには象徴的な意味がある。これは単なるオープニングではなく、L7というバンドの“立ち位置”を全世界に向けて宣言する挑発状のような楽曲だった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Wargasm, wargasm, one, two, three
Smash up your TV and make fun of me
ウォーガズム、ウォーガズム、ワン・ツー・スリー
テレビをぶっ壊して、私を笑えばいいさBe a good American
Buy American
いいアメリカ人になれよ
“アメリカ製”を買えってねWargasm, wargasm, one, two, three
This is a wargasm, baby
ウォーガズム、ウォーガズム、ワン・ツー・スリー
これが“戦争オーガズム”ってやつだよ、ベイビー
※ 歌詞引用元:Genius – L7 “Wargasm”
この歌詞には、皮肉と怒りが完璧に調和している。“テレビを壊して、私を笑えばいい”というフレーズには、メディアに踊らされる社会への嘲笑が込められており、同時に、“まともな怒りを持つ人間がバカにされる”現実への失望が滲んでいる。
「Buy American(アメリカ製を買え)」というスローガンは、80〜90年代の“愛国消費主義”を揶揄する言葉であり、戦争が国家ブランドを売り込む一種のマーケティングになっているという指摘としても読める。
4. 歌詞の考察
「Wargasm」は、L7の作品の中でも特に鋭く、鋼のような批評性を持った一曲である。彼女たちはここで、フェミニズムやジェンダーという主題を一度後景に引っ込め、むしろ“女性が怒ってはいけない”という前提をぶち壊すようなトーンで、国家とメディアと戦争の関係性に鋭く切り込んでいる。
この曲のすごさは、その“明確な立場”と“音の説得力”が完璧に一致している点だ。単なるスローガンではなく、音楽そのものが“反逆の装置”として機能しており、聴いていて心がざわつくほどの説得力を持っている。
「Wargasm」という造語自体、男性的で暴力的な快楽と、国家的暴力との接続を暴露している。そこには、戦争を「興奮」や「男らしさ」と結びつける文化への批判も込められているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Holiday in Cambodia by Dead Kennedys
第三世界の戦争を“バカンス”に見立てた、ポストコロニアル風刺の極北。 - State Violence / State Control by Discharge
国家暴力を極限まで音に落とし込んだ、ハードコア・プロテストソング。 - Fight the Power by Public Enemy
黒人の怒りと歴史への異議申し立てをラップで描いた社会的アンセム。 - Killing in the Name by Rage Against the Machine
警察と国家権力の暴力性を暴く、90年代反体制ロックの金字塔。 - Dear God by XTC
宗教と暴力の関係性に斬り込んだ、静かに怒るアートポップ。
6. ロックは怒りの道具である
「Wargasm」は、L7の美学を凝縮したような楽曲であり、同時に90年代初頭のアメリカ社会に対する“鋭い抵抗の声”でもある。テレビで流される空爆映像に拍手を送り、星条旗の下で“正義の戦争”を祝福する社会に対して、L7は音楽でそれを拒絶し、自らの怒りを声にして届けた。
この曲には、何かを変えようとするナイーブさはない。ただただ、嘘と暴力にまみれた現実に対して、“私は騙されない”という強烈な拒否の意志がある。
それは、とてもシンプルで、とても正しい怒りなのだ。
「これがウォーガズムだ」――その一言に、すべてが凝縮されている。
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