
発売日: 1974年9月26日
ジャンル: ロック、ポップ、シンガーソングライター
喪失と再生の狭間で――ジョン・レノンの「ロスト・ウィークエンド」期の告白
1974年にリリースされた『Walls and Bridges』は、ジョン・レノンが「ロスト・ウィークエンド」と呼ばれる約18ヶ月間の放浪生活の中で制作したアルバムだ。この時期、レノンはオノ・ヨーコと別れ、彼女の勧めでメイ・パンという女性と過ごしていた。精神的な混乱と自由の両方を経験しながら制作されたこのアルバムには、寂しさや喪失感、そして一時的な享楽の感情が交錯している。
音楽的には、ソウル、R&B、ジャズの要素を取り入れ、より洗練されたプロダクションが施されている。前作『Mind Games』(1973年)の幻想的な作風から一転し、よりパーソナルで感情的な作品となっているのが特徴だ。さらに、全米シングルチャートで1位を獲得した「Whatever Gets You thru the Night」など、商業的にも成功を収めたアルバムとなった。
全曲レビュー
1. Going Down on Love
ジャズやR&Bの要素を感じさせる、軽快ながらも切ない雰囲気を持つオープニング曲。愛を求めながらも、それが手に入らない苦悩を表現している。
2. Whatever Gets You thru the Night
エルトン・ジョンとの共演によるアップテンポなロックナンバー。レノンにとって唯一の全米シングルチャート1位獲得曲であり、エネルギッシュな演奏と明るいメロディが特徴的。
3. Old Dirt Road
ハリー・ニルソンと共作したスローなバラード。哀愁漂うメロディと歌詞が、レノンの心の迷いを反映している。
4. What You Got
ファンク色の強い楽曲で、力強いリズムとシャウトするようなボーカルが印象的。70年代のソウル・ミュージックの影響を感じる一曲。
5. Bless You
ジャズの要素を取り入れたスムーズなバラード。オノ・ヨーコへの愛と別れに対する想いを込めた楽曲で、レノンの繊細なボーカルが際立つ。
6. Scared
アルバムの中でも特にダークな雰囲気を持つ楽曲。ホーンの響きと不安げなメロディが、孤独と恐怖に苛まれるレノンの心情を映し出している。
7. #9 Dream
幻想的なストリングスとドリーミーなアレンジが特徴の名曲。「Ah! böwakawa poussé, poussé」という意味不明なフレーズが繰り返され、夢と現実の狭間を表現している。レノン自身が「本当に夢の中で聴いたメロディを再現した」と語る不思議な一曲。
8. Surprise, Surprise (Sweet Bird of Paradox)
メイ・パンとの関係を描いた楽曲。軽快なロックンロール調で、メロディのキャッチーさが際立つ。
9. Steel and Glass
「How Do You Sleep?」(ポール・マッカートニーへの批判曲)に似たトーンを持つが、今回はレノンの元マネージャーアレン・クラインに向けた批判が込められている。ダークで重厚なアレンジが印象的な楽曲。
10. Beef Jerky
インストゥルメンタルに近いファンキーなロックナンバー。ホーンセクションが際立ち、70年代のアメリカンロックの雰囲気が漂う。
11. Nobody Loves You (When You’re Down and Out)
アルバムの中でも最も内省的なバラード。「成功している時は皆寄ってくるが、落ちぶれた時には誰もいなくなる」というテーマが歌われ、音楽業界や名声への皮肉が込められている。
12. Ya Ya
軽いジャムセッションのような締めくくりの曲。息子ジュリアン・レノン(当時11歳)がドラムを担当しており、レノンの遊び心が感じられる。
総評
『Walls and Bridges』は、ジョン・レノンの最もパーソナルで感情的なアルバムの一つである。オノ・ヨーコとの別離、メイ・パンとの新たな関係、名声への疑念、孤独といったテーマが交錯し、楽曲ごとに異なる感情が反映されている。
音楽的には、ロック、ポップ、R&B、ジャズといった要素を取り入れ、アレンジの幅が広がっている。『Plastic Ono Band』や『Imagine』ほどシンプルではないが、その分プロダクションは洗練され、耳に馴染みやすい楽曲が多い。
商業的にも成功を収め、「Whatever Gets You thru the Night」はレノンにとって唯一の全米1位シングルとなった。「#9 Dream」は幻想的な美しさを持ち、ファンの間でも評価が高い。
レノンの作品の中では過小評価されがちだが、彼の人間的な弱さや葛藤がよりリアルに表現された、聴き応えのある一枚だ。
おすすめアルバム
- John Lennon – Mind Games (1973)
- 本作の前作にあたるアルバムで、よりスピリチュアルな要素が強い。
- Paul McCartney & Wings – Venus and Mars (1975)
- 同時期のポール・マッカートニーの作品で、洗練されたロックとポップが融合している。
- David Bowie – Young Americans (1975)
- レノンも「Fame」で参加したアルバムで、R&Bやソウルの要素が本作と共通している。
- Harry Nilsson – Pussy Cats (1974)
- レノンがプロデュースした作品で、『Walls and Bridges』と同時期に制作された。
- Elton John – Caribou (1974)
- レノンとエルトン・ジョンのコラボレーションが実現した時期の作品。
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