発売日: 2014年3月3日(UK)
ジャンル: インディーロック、パワーポップ、ポストパンク・リバイバル
概要
『TV en Français』は、ニューヨークを拠点とするWe Are Scientistsが2014年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、
軽妙なユーモアとパワーポップの明快さが同居した、バンドの成熟と遊び心が絶妙に交差する作品である。
タイトルはフランス語で「フランス語のテレビ」。深い意味はないが、“理解できるようでできない”、“知的なふりをしたポップ”というWASの美学を端的に表している。
制作にはChris Coady(Grizzly Bear、Beach House)をプロデューサーに迎え、
サウンドはよりクリーンで立体的に。ギターロックとしての芯を保ちつつ、メロディ重視で耳なじみのよいポップさが強調されている。
バンドはこの時期、活動10年を超えてなお現役感とエネルギーを保ち、
“青春が終わった後にバンドを続けるとはどういうことか”という問いに、知的で軽やかな答えを出した作品でもある。
全曲レビュー
1. What You Do Best
明快なギターリフと跳ねるリズムが心地よい、ポップな幕開け。
“君が一番得意なことって、僕を振り回すことだろ”という軽妙な皮肉が、WAS節の真骨頂。
洗練されたサウンドながら、デビュー期の勢いを思わせる一曲。
2. Dumb Luck
少しダークなトーンとリズムチェンジが印象的。
恋愛における偶然と不運をテーマに、不器用な感情のすれ違いをシニカルに描く。
ベースラインが映える中毒性の高い楽曲。
3. Make It Easy
ミドルテンポでじわじわと高まっていく構成。
“もっと簡単にしてくれよ”というリフレインが、人間関係の複雑さへの疲れをユーモラスに吐露する。
サビの解放感が心地よく、アルバムの中でも印象的。
4. Sprinkles
可愛らしいタイトルに反して、内容は執着と未練をポップに包んだリレーションシップソング。
ギターのカッティングとコーラスのハーモニーが、ダンサブルな高揚感を生み出している。
5. Courage
本作中でもっともドラマティックなバラード調ナンバー。
「勇気」について語るというより、勇気が持てない男の言い訳を淡々と並べたような歌詞がユニーク。
それでいて、不思議と感動を呼ぶ構成美。
6. Overreacting
パンク寄りのスピード感がある攻撃的ポップ。
「君って大げさすぎるよな」というフレーズが軽口に見えて実は核心を突いている、冷静な感情分析ソング。
7. Return the Favor
ギターが空間を埋め尽くすようなシューゲイズ寄りの音作りが新鮮。
“貸しは返してね”という一見軽い言葉に込められた、関係の非対称性への苛立ちと諦念がにじむ。
8. Slow Down
アルバム中盤のブリーザー。
テンポは遅いが、“落ち着け”というメッセージの中に自己反省と他者への思いやりが滲む、大人の余裕を感じる楽曲。
9. Don’t Blow It
再び疾走感が戻ってくる一曲。
“頼むから台無しにしないでくれ”という言葉に、恋愛や人生の“次の一歩”への緊張が滲む。
ギターとドラムがタイトに絡む佳作。
10. Take an Arrow
アルバムの終盤に差し込まれる、控えめで美しい内省曲。
“矢を受け止めろ”というメタファーは、痛みを受け入れること=愛の証とも読める。
静かなラストに向けた布石。
11. Return the Favor (Reprise)
インストゥルメンタルに近い構成で、余韻を引く形でアルバムを閉じる。
映画のエンドクレジットのような感覚を残す、上品で知的な締めくくり。
総評
『TV en Français』は、We Are Scientistsがキャリア中盤で見せた、音楽的安定と遊び心の絶妙なバランスを保った作品である。
初期の疾走感、2作目のポップ志向、3作目のギターロック回帰をすべて受け入れたうえで、
本作では**“今の自分たちを一番楽しく鳴らせるやり方”を見出している**ように感じられる。
“わかりやすくポップだが、単なる表層的インディーロックに終わらない”。
それは、彼らが10年を超えるキャリアの中で、感情とユーモアのバランスを熟知してきた証である。
全体として、恋愛、葛藤、皮肉、再出発、そして日常のもどかしさが、
軽やかなギターと誠実なメロディで描かれ、
We Are Scientistsというバンドの“定番”が最もナチュラルな形で提示された作品といえる。
おすすめアルバム
- Phoenix『Bankrupt!』
エレガントで洗練されたインディーポップ。ポップセンスとフランス語的距離感の妙。 - Foster the People『Supermodel』
キャッチーだが深読みできるポップソングの数々。表層と内面の反転が共通。 - The Vaccines『English Graffiti』
ギターロックのテンションとポップ路線のバランスが似ている。 - Two Door Cinema Club『Gameshow』
リズミカルなギターと洗練された構成、派手すぎない個性が共鳴。 -
Hot Hot Heat『Elevator』
明快でユーモラスなインディーロックの精神性において兄弟的な存在。
ファンや評論家の反応
『TV en Français』は、リリース当時から**「安心して聴けるWe Are Scientistsの一枚」**としてファンから高く評価され、
“最もバンドらしいアルバム”という声も多い。
批評家からは、**“再発明ではなく、自己洗練の成果”**として称賛され、
特に「Make It Easy」や「Dumb Luck」は、ライブでも定番化していく人気曲となった。
We Are Scientistsは、インディーロックの時代が移ろっても、変に焦らず、自分たちの速度で進む。
『TV en Français』は、その“言葉にならない余裕”をロックにした作品である。
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