1. 歌詞の概要
「Turn It On」は、The Flaming Lipsが1993年にリリースしたアルバム『Transmissions from the Satellite Heart』に収録された楽曲であり、バンドのキャリア初期における“ノイジーなサイケロック”と“ポップ感覚の融合”を象徴する力強い一曲である。
タイトルの「Turn It On(スイッチを入れろ)」は、表面的にはエネルギッシュでポジティブな印象を与えるが、歌詞全体を読み解いていくと、そこには**“覚醒”“受動から能動への転換”“閉塞からの脱却”といったテーマ**が込められているようにも見える。
「Turn it on and you’re gone」「Turn it on and you’re gone」というリフレインには、何かを始めることの危険性や、不可逆性がにじんでいる。何かに“スイッチを入れる”という行為は、それだけで元に戻れない瞬間を生み出す。つまりこれは、内なる衝動や変化の瞬間を肯定しつつも、それが持つ不可避な破壊力を同時に描いている、極めて象徴的な言葉なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Turn It On」は、The Flaming Lipsが商業的なブレイクを果たしたアルバム『Transmissions from the Satellite Heart』からのシングルであり、同作からの最大のヒット「She Don’t Use Jelly」に次いで注目されたトラックである。
このアルバムは、バンドが1980年代末の実験的・ノイズ志向から脱却し、よりメロディアスで親しみやすいサイケデリック・ポップへと移行した重要な作品であり、「Turn It On」はその橋渡し的役割を果たしている。ドラムのSteven Drozdが本格加入し、リズムと構成にダイナミズムが生まれた時期の代表曲としても知られる。
当時のThe Flaming Lipsは、アンダーグラウンドとメジャーのはざまで揺れる存在であり、その曖昧な立場や実験精神が楽曲の荒削りさとポップさの共存として反映されている。「Turn It On」は、その“変化しつつあるバンド像”そのものを音楽として提示したトラックといえるだろう。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“You stand alone / Got no direction”
君はひとりきり どこへ行けばいいのか分からない
“Your thoughts are mine / And we are connected”
君の考えは僕の中にある 僕たちはつながっているんだ
“Turn it on / Turn it on”
スイッチを入れろ 始めるんだ
“And you’re gone / Turn it on and you’re gone”
そうすれば 君はどこかに行ってしまう スイッチを入れたらもう戻れない
“It’s a lie / But it’s the size of the truth”
それは嘘かもしれない でも“本当のように”大きな嘘なんだ
歌詞引用元:Genius – The Flaming Lips “Turn It On”
4. 歌詞の考察
「Turn It On」の歌詞は一見シンプルで断片的だが、その背後には内面的な覚醒と逃避、そして真実と幻想のあいだにある不安定な意識が色濃く漂っている。歌詞に登場する「スイッチを入れる」ことは、ただ物理的な始動を意味するのではなく、感情や思考、精神状態の“スパーク”を象徴するメタファーとして機能している。
「Turn it on and you’re gone」というリフレインは、まるで自己消失の瞬間を描いているようでもあり、これは薬物使用、夢、愛、芸術など、何かに没入することの快楽と危うさを同時に提示していると解釈することもできる。また、「嘘だけど真実のように大きい」という一節は、The Flaming Lipsらしいポストモダン的な“現実の不確かさ”に対する言及でもあり、聴く者に“信じることの強さと弱さ”を問いかけている。
サウンド的にも、歪んだギターとドライブ感のあるドラム、そしてWayne Coyneのかすれたヴォーカルが相まって、混沌と覚醒の間にある“爆発の直前”のような感情を生々しく描き出している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Today by The Smashing Pumpkins
日常の中にある虚無と破壊衝動を、明るいメロディで包んだ90年代オルタナの名曲。 - Debaser by Pixies
シュールレアリズムとロックの融合による“感覚の爆発”を描いた衝撃作。 - 100% by Sonic Youth
ノイズと疾走感を併せ持ちつつ、喪失と怒りを歌う90年代ロックの象徴。 -
She Don’t Use Jelly by The Flaming Lips
同じアルバム収録曲で、「Turn It On」とは対象的なユーモアとキャッチーさが魅力。
6. “スイッチを入れたら、もう戻れない”
「Turn It On」は、表面的にはオルタナティブ・ロックらしい混沌とした勢いに満ちているが、その奥には何かが始まる瞬間の高揚と不安、そして“自分が変わってしまうかもしれない”という境界の感覚が潜んでいる。
それは新しい恋かもしれないし、薬物かもしれない、芸術の閃きかもしれないし、人生を変える何かかもしれない——いずれにせよ、一度スイッチを入れてしまったら、もう“元の自分”には戻れないのだ。
「Turn It On」は、変化の瞬間を祝福しつつ、その怖さと美しさを同時に鳴らすThe Flaming Lipsの初期の傑作である。勇気を持ってスイッチを入れるか、それとも立ち止まるか。その選択は、あなたの手に委ねられている。
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