アルバムレビュー：Trying Not to Think About It by JoJo

発売日: 2021年10月1日（US）
ジャンル: オルタナティブR&B、ネオ・ソウル、アーバン・コンテンポラリー、エモ・ポップ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
歌詞の深読みと文化的背景

概要

『Trying Not to Think About It』は、JoJoが2021年にリリースしたEP作品であり、メンタルヘルス、不安、孤独、そして自己と向き合うことの痛みを赤裸々に描いた、内省的かつ非常にパーソナルなコンセプト作である。
全13トラックから成るこのEPは、“ミニアルバム”の枠を超えた密度と誠実さを持ち、彼女の人生における「最も繊細な感情の記録」であり、「音による告白」とも言える。

「考えないようにしていること（Trying Not to Think About It）」というタイトル自体が、避けたいけれど、逃れられない感情との向き合いを示しており、リリックやサウンドのすべてが“心の奥底”を指している。
プロデュースにはAaron Ferrucci、D’Mile、Cardiakなどが名を連ね、ミニマルで湿度を帯びたトラックとJoJoの深く柔らかい歌声が、夜の静寂と沈黙を描写するようなサウンドスケープを形作っている。

全曲レビュー

World of Sunshine（intro）

わずか1分足らずの導入だが、「私はずっと“陽の世界”に居たふりをしていた」と歌うこの詩的な語りが、アルバム全体のテーマを提示する。
JoJoの声がまるで独白のように響き、聴き手を内面世界へと引き込む。

Anxiety (Burlinda’s Theme)

本作のキー・トラックの一つ。不安障害を擬人化し、冷静さと混乱の間で揺れる心情をリアルに描く。
「彼女（不安）は帰ってきた」と語るリリックが象徴的で、繰り返すメンタルサイクルの苦しみを抱え込む。

Dissolve

自分という存在が誰かの前で“溶けて消えていく”ような感覚をテーマにしたミッドバラード。
サウンドは静かだが、JoJoのボーカルが内側で激しく燃えているのが感じられる。

Feel Alright

「たまには“平気”と言える瞬間が欲しい」という願望を、明るいコード進行とともに描いたチル・トラック。
メンタルの波を抜けた一時的な光のような存在。

Fresh New Sheets

夜に一人でベッドに入る時の孤独を歌ったバラード。
清潔なシーツに包まれながらも、心がどこか“居場所のなさ”を抱えている。
JoJoのささやくような声が、感情の“沈黙”を際立たせる。

Spiral

「また沈みそう」と歌うこの曲は、感情のスパイラルに巻き込まれる瞬間を捉えている。
リズムの繰り返しが心のループを象徴し、息苦しさと美しさが共存。

BID（Break It Down）

恋愛における自己疑念と安心感の揺れを、メロウなサウンドで描写。
JoJoはこの曲で、自分自身を“分解して”理解しようとする視点を提示する。

Think Too Much

アルバムタイトルに直結する内容。「考えすぎるのは自分でもわかってるけど、止められない」と歌う、リスナーの共感度が高い一曲。
言葉選びがとても繊細で、JoJoの知性が光る。

Interlude 1

サックスと囁きが絡む短い転換点。
感情を音に置き換えたような印象。

Good Enough

「私は愛されるに値するのか？」という疑問と自己否定がテーマ。
JoJoが10代から抱えてきた感情の根に触れるような内容で、静かなトーンで重い問いを投げかける。

Interlude 2

ピアノとノイズだけの短編。
沈黙が音楽の一部になることを証明するような場面。

Hold Me（feat. Tayla Parx）

唯一のコラボレーション曲で、ふたりの声が絡み合いながら“誰かに抱きしめられたい”という根源的な欲求を歌う。
それでも「誰にも頼らない強さ」も見え隠れする、二重構造の楽曲。

Sugar and Carbs（outro）

「砂糖と炭水化物、それで私は慰められる」と歌う、ポップでウィットに富んだ終幕。
一見軽やかだが、実は“心の空白を埋める行為”という深いテーマを扱っている。

総評

『Trying Not to Think About It』は、JoJoが自分自身のメンタルヘルスと正面から向き合い、それを**音楽に昇華した“癒しと共鳴のための告白録”**である。
過去のようなパワフルなヒットを狙うアルバムではなく、声にならない痛みを、音と呼吸と沈黙で表現するような私的空間の構築が最大の魅力となっている。

JoJoのボーカルは、繊細で親密ながらも芯が通っており、感情の透明度が極めて高い。
また、アルバム全体を通して流れる“語りかけ”のトーンが、リスナーに対して**「一緒に感じよう」「無理に元気じゃなくてもいいよ」と伝えてくれているような優しさ**を持つ。

現代において、不安や孤独を抱える人にとって、この作品は“理解者”のような存在になる。
『Trying Not to Think About It』は、JoJoの音楽キャリアの中でも最も静かで、最も深い作品であり、“癒しとは何か”を再定義するアルバムといっても過言ではない。

歌詞の深読みと文化的背景

このEPは、JoJo自身が公表しているうつ症状や不安障害、パニック障害といったメンタルヘルスの問題を背景に制作された。
「Anxiety」「Spiral」「Think Too Much」などの曲では、脳内で暴走する思考、自責、感情のループがリアルな言葉で描かれており、それは個人的な苦しみでありながらも、**多くの人が共感できる“今の時代の心の景色”**でもある。

また、自己愛の喪失や他者依存の危うさについても歌われており、「Good Enough」や「Hold Me」では、“愛されたいけれど、自分がその価値を持っているのかわからない”という葛藤が痛いほどに滲む。

『Trying Not to Think About It』は、強さや完璧さではなく、“揺れているままの自分”を肯定する勇気を与えてくれる作品であり、誰かにとっては“人生の夜をともに過ごす静かな音楽”となるだろう。