発売日: 1970年1月
ジャンル: カントリーポップ、フォークロック、アダルトコンテンポラリー
概要
『Try a Little Kindness』は、グレン・キャンベルが1970年に発表したスタジオアルバムであり、
60年代後半の成功を引き継ぎながら、さらに広いリスナー層へアプローチした作品である。
表題曲「Try a Little Kindness」は、グレン・キャンベルの優しさと力強さが融合した代表的ナンバーであり、
そのシンプルなメッセージ――**「もう少し優しくあろう」**というテーマは、
ベトナム戦争、社会不安、文化的分断が続く当時のアメリカ社会において、
静かだが力強い希望の声となった。
本作は、
カントリー、ポップ、フォークの境界をさらに自然に越境しながら、
明るさと深みを両立させた、グレン・キャンベルの成熟したポップアルバムに仕上がっている。
全曲レビュー
1. Try a Little Kindness
タイトル曲にしてアルバムのテーマを象徴する名曲。
朗らかで軽快なメロディに乗せて、
「ほんの少しの親切が世界を変える」という普遍的なメッセージを届ける。
2. Both Sides Now
ジョニ・ミッチェルの名曲カバー。
人生と愛の二面性を見つめる叙情的な楽曲を、
キャンベルは穏やかに、しかし芯のある歌声で再解釈している。
3. For My Woman’s Love
愛する女性への献身を、優しく甘いメロディに乗せたバラード。
4. Country Girl
田舎育ちの女性への温かい賛歌。
カントリー色を前面に出した、親しみやすいナンバー。
5. All the Way
スタンダードナンバーのカバー。
フランク・シナトラとは違った、カントリーポップ的柔らかさを加えた演奏が魅力。
6. Where Do You Go
孤独な心の彷徨を描いた、メランコリックなミディアムナンバー。
7. Honey Come Back
ジミー・ウェッブ作の哀切なラブソング。
失われた愛への後悔と祈りが、静かに、しかし深く滲む。
8. Folk Singer
音楽を通じて世界に語りかけるシンガーの姿を描いた佳曲。
フォーク的な叙情とカントリーポップの温かみが絶妙に調和している。
9. Love Is Not a Game
愛の複雑さと脆さを、軽快なビートに乗せて描いた小気味良いナンバー。
10. Once More with Feeling
別れ際の複雑な感情をテーマにした、大人のバラード。
感情を抑えつつも、深い哀しみがにじむ。
11. And the World Keeps Spinning
世界の絶え間ない変化と、そこに取り残される個人の孤独感を描いた、
フォーキーで哲学的な締めくくり。
総評
『Try a Little Kindness』は、
グレン・キャンベルが時代の不安を背景に、優しさと誠実さをもって歌い続けたアルバムである。
社会が混迷を極める中で、
“小さな親切”や”ささやかな愛”がどれほど大きな意味を持つかを、
華美な演出なしに、
飾らないメロディと温かい声で語りかけるスタイルが貫かれている。
サウンド面では、
ナッシュビルスタイルの洗練されたカントリーアレンジを基調にしながら、
ポップスやフォークの要素もバランスよく取り入れ、
幅広い層に訴えかける親しみやすさを実現している。
『Try a Little Kindness』は、
大きな声ではなく、小さな真心で世界に寄り添おうとした、
1960年代末〜70年代初頭アメリカ音楽の優しい記憶なのである。
おすすめアルバム
- Glen Campbell / Galveston
社会的背景と個人の哀愁を重ねた、叙情的カントリーポップ名作。 - John Denver / Take Me to Tomorrow
希望と自然への愛をテーマにした、初期フォークポップの佳作。 - Bobby Goldsboro / We Gotta Start Lovin’
愛と優しさをテーマにした、カントリーポップシンガーによる同時代作品。 - Anne Murray / Snowbird
同時期に活躍したカナダのカントリーポップスターによる、癒しのアルバム。 - Jimmy Webb / Words and Music
「Honey Come Back」の作者による、自己表現豊かなソングライターズアルバム。
歌詞の深読みと文化的背景
1970年――
アメリカはベトナム戦争、反戦運動、公民権運動の余波の中にあり、
希望と絶望が入り混じった不安定な空気に包まれていた。
『Try a Little Kindness』の表題曲は、
そんな時代に向けて、
**”激しく怒るのではなく、もっと優しく手を差し伸べよう”**という、
静かだが揺るぎないメッセージを届けた。
「Honey Come Back」では、
愛する人を失った後悔と再生への願いを、
「And the World Keeps Spinning」では、
絶え間ない変化の中に生きる孤独を――
グレン・キャンベルは、
怒りや暴力ではなく、
温かな人間性への信頼を、優しいメロディに込めた。
『Try a Little Kindness』は、
そんな**時代を超えて必要とされ続ける”優しさの音楽”**なのである。
コメント