発売日: 2012年3月2日
ジャンル: ブリットポップ、オルタナティヴ・ロック、ロックンロール
概要
『Troubled Times』は、Castが解散から10年ぶりに再結成し、2012年に発表した通算5枚目のスタジオ・アルバムである。
90年代的なギター・ポップ精神を引き継ぎつつ、より円熟した視点と社会的メッセージを織り交ぜた復活作である。
本作は、元The La’sのジョン・パワー(Vo,Gt)を中心に、オリジナル・メンバーで再集結したことで注目を集めた。
プロデューサーにはジョン・レッキー(Radiohead, The Stone Roses)が再び起用され、
90年代のバンドサウンドをモダナイズしつつ、時代を超えて響くエネルギーと誠実さを保ったサウンドに仕上がっている。
タイトル「Troubled Times(困難な時代)」が示すように、
2010年代の不況や政治的不安、アイデンティティの揺らぎといったテーマが散りばめられ、
ブリットポップの“夢”が崩れた後の世界で、なおも音楽に希望を託す姿勢が描かれている。
全曲レビュー
1. Bow Down
堂々たるギターリフで幕を開ける、アルバムの主張的なオープニング。
“跪け”というタイトルは、体制や不正義へのアイロニカルな抵抗を示す。
キャッチーさと怒りが共存する、力強い再出発の号砲。
2. Troubled Thoughts
タイトル曲に近い役割を果たす、内省的で感情豊かなロックナンバー。
“困難な想い”に押し潰されそうになりながらも、前を向く意志がにじむリリックとメロディが光る。
3. The Sky’s Got a Gaping Hole
空にぽっかりと穴が開いている——という幻想的かつ不安を抱えた表現が印象的。
環境や世界の不確かさを映し出した、ポスト・ブリットポップ的なリリックが新鮮。
4. See That Girl
明快なビートとギターが跳ねる、王道ブリットポップ調のラブソング。
“あの子を見ろよ”という語り口に、若さの記憶と少しの苦味が交差する。
5. Not Afraid of the World
“世界を恐れない”という前向きなメッセージを掲げた力強い一曲。
再出発のアルバムらしく、自己肯定と勇気をテーマに据えたナンバー。
6. Silver and Gold
タイトルは“金と銀”だが、欲望の象徴というよりも、選択と価値観の対比を描いた哲学的な内容。
オルタナ・カントリー的な雰囲気も漂う。
7. Bad Waters
ドロっとしたグルーヴと、心の暗部を描いたリリックが特徴的。
“濁った水”を通して、人間関係や社会の不協和音を暗示する。
8. Hold On Tight
励ましと決意に満ちた、ストレートなギター・ロック。
“しっかりつかまれ”というリフレインが、再び歩き出す者たちへの応援歌のように響く。
9. Brother Fighting Brother
“兄弟が兄弟と戦う”という象徴的なタイトルが語るように、
身近な場所で起こる分断や衝突をテーマにした社会的楽曲。
音楽的には重厚かつドラマティックな構成。
10. Time Bomb
いつ爆発するか分からない“時限爆弾”を人間関係や心の葛藤になぞらえる。
緊張感を保ちつつも、メロディのキャッチーさが印象に残る佳曲。
11. Tear It Apart
すべてを“引き裂け”と叫ぶ、アルバム中最もアグレッシブな一曲。
カオスと浄化が入り混じる、終盤のエネルギーの爆発。
12. A Boy Like Me
静かな余韻とともに幕を閉じるエンディング曲。
“こんな少年のような自分”という言葉に、かつての夢や未熟さへの回帰と受容が込められている。
総評
『Troubled Times』は、再結成というノスタルジーを超えて、
現代の混乱に正面から向き合おうとするCastの“新たな誠実さ”を映した作品である。
ジョン・パワーのソングライティングは円熟味を増し、
それでいて初期作品に見られたメロディへの信頼と、ロックバンドとしての直情性は健在。
特に“困難な時代でも歌い続ける”という主題がアルバム全体に統一感をもたらしており、
かつてのブリットポップが夢見た“未来”を、現実と折り合いながら更新していくような誠実な姿勢が感じられる。
サウンド面でもギター主体のロックに立ち返りつつ、
所々に見られるストリングスやオルガンの装飾が、ただの懐古主義ではない“今の声”を響かせている。
『Troubled Times』は、若さの賛歌ではなく、
揺らぎの中でなお自分らしく立ち続けようとする“大人のギターバンド”としての新章なのである。
おすすめアルバム
- The Bluetones / A New Athens
ブリットポップ以降の成熟と再発見を描いた再起作。 - Ocean Colour Scene / One for the Road
時代とともに進化し続けるバンドの“地に足のついたロック”。 - Paul Weller / Wake Up the Nation
世代を越えて響く社会意識とロックの強度を併せ持つ作品。 - Noel Gallagher’s High Flying Birds / Chasing Yesterday
再出発と内省をテーマに、メロディアスかつ大胆な進化を遂げたアルバム。 -
Richard Ashcroft / Keys to the World
ロック・シンガーとしての信念と希望を描いた“第二章”の傑作。
歌詞の深読みと文化的背景
『Troubled Times』のリリックは、明確な社会批評や政治性を直接的に語るわけではないが、
不況や格差、精神的不安定さといった“2010年代初頭のヨーロッパ社会の空気”を自然に映し出している。
“Brother Fighting Brother”や“Bad Waters”に表れる分断の感覚は、
グローバル化やSNS以降のアイデンティティの混乱を象徴しているとも解釈できる。
一方で、“Hold On Tight”や“Not Afraid of the World”のように、
それでも前を向こうとする意志が、アルバムを希望の方へと引き戻している。
つまり『Troubled Times』は、時代に屈しない音楽の灯火であり、
かつて“Alright”と歌ったCastが、今度は“大丈夫じゃなくても進める”と語りかける大人の賛歌なのだ。
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