1. 歌詞の概要
「Trouble」は、The Jayhawksが1997年にリリースしたアルバム『Sound of Lies』に収録された楽曲であり、前作『Tomorrow the Green Grass』を最後にマーク・オルソンが脱退し、ゲイリー・ルーリス(Gary Louris)が中心となって制作した“新章”の象徴ともいえる作品である。歌詞においては、個人の内面に渦巻く不安や混乱、抑えきれない感情を“トラブル(困難、葛藤)”という言葉で端的に示しながら、それをどうにか乗り越えようとする自己との対話が繊細に描かれている。
語り手は、目の前に立ちはだかる問題や孤独と向き合いながらも、「助けを求めたい」「誰かに理解されたい」という本音を言葉の端々ににじませている。しかしこの曲では、救済や答えは用意されておらず、むしろ“迷っていることそのもの”がテーマとして据えられている。その不確かさこそが、人間の本質的な姿であり、「Trouble」はその“弱さを肯定する歌”といえる。
全体のトーンはメランコリックで、メロディラインは穏やかでありながら心の奥底にじわじわと染み入ってくるような響きを持つ。まさにJayhawksらしい内省のバラードであり、90年代後半のオルタナティヴ・カントリーの空気を色濃く反映した作品である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Trouble」が収録された『Sound of Lies』は、マーク・オルソンの脱退という大きな転機を迎えたバンドが、再構築と再定義を迫られる中で制作されたアルバムである。この時期、ゲイリー・ルーリスは音楽的リーダーとしてだけでなく、ソングライターとしてもより個人的なトーンを前面に出すようになり、その変化は「Trouble」のような楽曲に特によく表れている。
オルソンとのハーモニーが中心だった従来のサウンドから、より内省的かつ浮遊感のあるアプローチへとシフトし、歌詞もより抽象的かつ詩的になった。この曲は、ルーリス自身が抱える葛藤、アーティストとしての不安、そして個人としての孤独を反映しているとされ、アルバム全体の“影”のトーンを象徴している楽曲のひとつである。
音楽的には、ギターを中心にした落ち着いたアレンジの中に、エフェクトやドリーミーな響きが加わっており、フォークとサイケデリアのあいだを漂うようなサウンドスケープが特徴的。アルバムタイトル『Sound of Lies(嘘の音)』という名が示すように、信じていたものが揺らぐ中で、それでもなお音楽を鳴らすという矛盾がこの楽曲にも通底している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Trouble」の印象的な一節を抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。
I got trouble, so much trouble on my mind
頭の中はトラブルだらけ、考えても考えても不安が消えないSometimes I can’t find the words to say
ときどき、何を言えばいいのかもわからなくなるI was feeling lost / I was feeling down
迷っていた、落ち込んでいたThere’s a shadow hanging over me now
今も、僕の上には影が垂れ込めているAnd I know I’m not the only one
でも、こんな気持ちを抱えているのは、きっと僕だけじゃない
引用元:Genius Lyrics – Trouble
4. 歌詞の考察
「Trouble」の歌詞は、誰もが心のどこかに抱えている“名づけられない不安”を見事に掬い取った詩である。“トラブル”という単語はシンプルでありながら、その意味するものは非常に多層的で、精神的な混乱、社会的不安、人間関係のひび割れ、自分自身への問いなど、さまざまなレベルで解釈可能である。
特に、“Sometimes I can’t find the words to say”という一節には、自分の感情を言葉にする難しさ、そしてそのもどかしさが滲み出ている。それはまさに、心の底では助けを求めているのに、それを伝える術を見つけられないという“沈黙の叫び”でもある。
また、“And I know I’m not the only one”という最後のラインは、リスナーに対して手を差し伸べるような優しさを持っている。つまり、このトラブルは誰にでも起こり得るものであり、自分ひとりだけが苦しんでいるのではないという共感の提示だ。それはJayhawksの音楽全体に通底する“人間の不完全さの肯定”であり、決して絶望に沈み切らない、淡い救いの感覚でもある。
※歌詞引用元:Genius Lyrics – Trouble
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Round Here by Counting Crows
内省的な視点で日常の不安を描いた90年代オルタナ・バラード。 - How to Fight Loneliness by Wilco
孤独に向き合う心情を淡々と綴った静かな名曲。 - No One Said It Would Be Easy by Sheryl Crow
人生の困難と、それでも前に進む意志を歌ったソウルフルなバラード。 - Trouble by Cat Stevens
“トラブル”というキーワードを通して心の揺らぎを描いたフォーク・クラシック。
6. “言葉にならない不安”を抱えるすべての人へ
「Trouble」は、Jayhawksが新しいフェーズへと進む中で生まれた、“再出発の痛み”と“それでも歌を届けようとする意志”が込められた重要な一曲である。この曲の最大の魅力は、表面的には静かで控えめでありながら、その奥底にある感情の振幅が極めて広いことにある。
不安や迷いを抱えながらも、誰かの存在を信じたい。何かを言いたいけれど、言葉が出てこない。そうした“言語化されない心の振れ幅”を、Jayhawksは音楽として描き出すことに成功している。
「Trouble」は、聴く者に“あなたも同じように悩んでいるなら、それでいい”とそっと語りかけてくれる。それは励ましというよりも、理解と共鳴。人生において、言葉にならない“何か”を抱えるすべての人にとって、この曲は静かなる同伴者として、心の奥に居続けてくれるだろう。
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