Too Much Time on My Hands by Styx(1981)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Too Much Time on My Hands(トゥー・マッチ・タイム・オン・マイ・ハンズ)」は、スティクス(Styx)が1981年にリリースしたアルバム『Paradise Theatre(パラダイス・シアター)』に収録されている楽曲であり、シングルとしてもヒットし、全米チャート9位を記録した。バンドのギタリストでありヴォーカリストの**トミー・ショウ(Tommy Shaw)**によって書かれたこの曲は、キャッチーでシンセサイザーを多用したサウンドと、風刺的かつユーモラスな歌詞によって、当時のアメリカ社会に対する“市井の声”をエンターテインメントに昇華させた名作である。

曲の語り手は、やることもなく毎日をバーで過ごし、ニュースを見ては嘆き、酒を飲んでは自嘲する“ちっぽけな存在”である。彼は「手持ち無沙汰な時間が多すぎる(too much time on my hands)」と繰り返しながらも、実はその時間の使い方にどこか誇りすら感じているようにも見える。これは退屈と反抗のあいだで揺れる男の姿を描いた、現代的な小市民のバラッドとも言える。

2. 歌詞のバックグラウンド

この曲が制作された1980年から81年という時代は、アメリカが経済的停滞と失業率の上昇に直面し、多くの人々が“時間はあるが希望がない”という閉塞感に包まれていた時代である。そんな社会背景の中、「Too Much Time on My Hands」は、**無為に過ぎる時間と、それを埋めるための小さな享楽(バー、酒、噂話)**を皮肉とポップセンスで切り取った作品となった。

トミー・ショウは、この曲のインスピレーションをアラバマ州の田舎町のバーで見た常連客たちから得たと語っている。彼らは、人生の中で何かに敗れ、今はただ無目的に日々をやり過ごしているように見えた。だが、そこには虚しさだけでなく、ある種の“解放感”も漂っており、その両義性をショウは軽快なポップ・ロックに落とし込んだのである。

3. 歌詞の抜粋と和訳

Sitting on this barstool talking like a damn fool
このバーのスツールに座って まるで馬鹿みたいに喋ってる

Got the twelve o’clock news blues
正午のニュースを見るたびにブルーな気分さ

And I’ve given up hope for the afternoon soaps
昼のメロドラマにももう希望はない

And a bottle of cold brew
冷えたビールを相手にするしかない

Is it any wonder I’m not crazy?
俺がまだ正気なのが不思議なくらいさ

Is it any wonder I’m sane at all?
むしろ、まともなことが驚きだろ?

I’ve got too much time on my hands
俺には時間があり余ってるんだよ

It’s ticking away with my sanity
時間と一緒に 正気も削れていく

(引用元:Lyrics.com – Too Much Time on My Hands)

シニカルで、笑えるのにちょっと哀しい――それがこの歌詞の持つ魔力である。

4. 歌詞の考察

この曲が面白いのは、主人公が自分の“無為な時間”に対して怒っているのではなく、むしろ半ば誇らしげにその状況を笑い飛ばしている点である。彼は社会の底辺にいて、未来の展望もなく、昼からバーでビールを飲んでいる。だがその様子には悲壮感よりも、ある種の自由すら感じられる。

この楽曲は、スティクスがしばしば扱う“近代アメリカの肖像”の一つであり、デニス・デ・ヤングによる荘厳なシンフォニックロックとは違う、トミー・ショウの持つユーモアと皮肉、そしてスナップショット的リアリズムが発揮されている。

そして、「時間がありすぎる」という言葉は、単に暇だというだけでなく、何も変えられない現状の中で時間だけが過ぎていく恐怖をも表している。やることがなく、酒とテレビと他人の噂話に人生を費やす――それは一見堕落のようだが、現代人の多くが抱える“手持ち無沙汰な魂”の縮図とも言えるのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Take the Money and Run by Steve Miller Band
    軽快なリズムと“逃げ続ける人生”をテーマにしたポップ・ロック。

  • Turn the Page by Bob Seger
    一見自由に見えて実は孤独で機械的な日常を描いた、旅人の内面の歌。
  • Movin’ Out (Anthony’s Song) by Billy Joel
    アメリカン・ドリームを皮肉った社会派ポップ。日常への風刺が「Too Much Time…」と共鳴する。

  • She’s in Love with the Boy by Trisha Yearwood
    小さな町の生活と人間模様をユーモラスに描いたカントリーポップ。

6. スモールタウンの空気と、“空っぽな贅沢”の詩

「Too Much Time on My Hands」は、都会のドラマでは描かれにくい**地方の小さな町に生きる人々の“空虚な豊かさ”**を音楽で描き切った作品である。車はある、酒もある、テレビもある。でも何かが足りない。そんな空白を、笑いと音楽で埋めるこの曲は、ポップ・ロックの持つ社会的な視線と娯楽性のバランスを見事に体現している。

また、シンセサイザーがメインのポップなアレンジと、軽快なリズムの裏に、実は社会への不満や人生の虚無が潜んでいるという点でも、非常に時代性を感じさせる。1980年代という“新しい豊かさ”が訪れた時代に、その裏にある空虚を告白した数少ないポップソングのひとつとして、この楽曲は今も輝きを放っている。

ある意味でこれは、“やることがなさすぎて、歌でも作るか”というノリから生まれた反骨のポップソングなのかもしれない。そしてそれこそが、スティクスというバンドの柔軟さであり、深さなのだ。誰もが持つ“退屈な瞬間”に寄り添い、そこにユーモアと音楽を与えてくれる――「Too Much Time on My Hands」は、そんな日常のための最高のロック・アンセムである。

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