発売日: 1990年（録音：1987年）
ジャンル: ポストパンク、オルタナティヴロック
概要
『Tony Fletcher Walked on Water… La La La La La-La La-La-La』は、The Chameleonsが1987年に録音しながらも、解散と悲劇によって未発表となっていたEPであり、1990年にようやく陽の目を見た幻の作品である。
全4曲という短い構成ながら、その音楽的・感情的な密度は異常なほどに濃く、ファンの間では「失われた名盤」「ラスト・メッセージ」として神格化されている。
本作のタイトルにあるTony Fletcherとは、バンドのマネージャーであり、録音直前に急逝した人物の名に由来する。彼の死とバンド内部の軋轢が重なり、The Chameleonsはこのセッションを最後に突然の解散を迎えることとなった。
そのため、本作には「終わり」を予感させる不穏さと、「未完」だからこその切実なエネルギーが刻み込まれている。
内容的には、前作『Strange Times』で展開された広がりのある音像をさらに鋭利にしたサウンドであり、ポストパンクの終着点の一つとしても語るに値する作品である。
全曲レビュー
1. Is It Any Wonder
開幕と同時に、緊迫したギターのリフが響き渡る。
愛や信頼への疑念を投げかける歌詞は、まさに“バンド崩壊前夜”の心象を表しているかのようだ。
テンションの高い演奏と、バージェスの叫びにも近いボーカルが聴き手を圧倒する。
2. Free for All
ストレートなロック的展開と、ラウドなギターの応酬が特徴的な一曲。
社会や権力への皮肉も垣間見え、The Chameleonsにしては珍しく、怒りのベクトルが明確に外部へと向けられている。
バンドが精神的に追い詰められながらも、燃え尽きるような創造力を発揮していたことが伝わる。
3. The Healer
タイトルが示すように、「癒し」や「救済」がテーマとなっている。
しかしその音はむしろ、深い痛みを掘り下げるものであり、癒しに至るまでの苦しみが焦点となっている。
ギターは浮遊感と歪みを併せ持ち、まるで涙の中で漂うような印象を与える。
4. Denim and Curls
本作のラストを飾る曲は、他の3曲よりもやや明るい響きを持ちつつ、諦念にも似た静けさを湛えている。
タイトルが描くのは、おそらく過ぎ去った恋や青春の一場面。
遠くを見つめるような歌詞と、フェードアウトしていくサウンドが、本作全体の“終焉感”を象徴する。
総評
『Tony Fletcher Walked on Water…』は、4曲という短さにもかかわらず、The Chameleonsの音楽的本質と終焉を最も鋭く、赤裸々に映し出した記録である。
録音当時、バンドは極度の精神的プレッシャーと混乱の中にあり、その空気が生々しく音に焼き付けられている。
前作『Strange Times』で見せた壮大な音響詩から一転し、本作ではよりパーソナルで荒削りな感情の奔流が中心となっている。
それはまるで、最後の瞬間にしか吐き出せないような真実の言葉であり、リスナーに強烈な余韻を残す。
このEPは、The Chameleonsというバンドの終焉を記録した音の手紙であり、彼らの神秘性と未完性を象徴する存在なのである。
おすすめアルバム（5枚）
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The Chameleons – Strange Times (1986)
同セッションに至る前段階として、本作との連続性が非常に高い。 -
The Sound – Shock of Daylight (1984)
短い収録ながら、焦燥と希望が同居するミニアルバム的名作。 -
Mark Burgess – Zima Junction (1993)
解散後に制作されたバージェスのソロ作。より内省的で、精神の継続が感じられる。 -
Felt – Me and a Monkey on the Moon (1989)
バンド末期のセンチメンタリズムと成熟が交錯する、静かな傑作。 -
Lowlife – Diminuendo (1987)
The Chameleonsに通じる、哀愁と重厚さを兼ね備えたスコットランドのポストパンク。
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