アルバムレビュー：Tighten Up Vol. 88 by Big Audio Dynamite

発売日: 1988年6月13日
ジャンル: ダンスロック、ファンク、ポップロック

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『Tighten Up Vol. 88』は、Big Audio Dynamiteが1988年に発表した3枚目のスタジオ・アルバムである。
そのタイトルは、1960年代のスキンヘッドレゲエやR&Bを収録したコンピレーション・シリーズ『Tighten Up』へのオマージュであり、そこに“88”という年号を付け加えることで、過去の音楽文化と現代的アップデートの両方を意識した作品であることが窺える。

この時期、BADはサンプリングを多用した実験的サウンドから、よりキャッチーでポップな方向へと舵を切りつつあった。
とはいえ、その根底には変わらぬ多文化的視点とジャンル横断的なアプローチが存在し、ヒップホップ、ファンク、レゲエ、ロックを自在にミックスしたスタイルは健在である。

アルバムには当時のUKダンス・カルチャーの空気や、ポップミュージックとしての構造美、そしてミック・ジョーンズ特有のアイロニカルな視点が巧みに織り込まれており、BADの音楽的成熟を感じさせる内容となっている。

全曲レビュー

1. Rock Non Stop (All Night Long)

タイトル通り、ノンストップのパーティー感覚に満ちたオープナー。
ディスコ的なリズムとファンクベース、サンプリングの使い方により、踊れるグルーヴが前面に押し出されている。
過剰さすれすれの祝祭的サウンドが、80年代後半の空気を体現する。

2. Other 99

「残りの99％」という意味深なタイトルに込められたのは、支配と被支配、中心と周縁の構造への疑問。
ビートは軽快だが、歌詞は社会批評的であり、BADの政治的視点が垣間見える。
クラブカルチャーとメッセージ性の共存が試みられている。

3. Island

エキゾチックなパーカッションとスカ調のリズムが特徴の一曲。
孤立した“島”を舞台に、人間関係の比喩や、疎外感を描いた詞が乗る。
BAD特有の南国風味とロンドンの都会感がミックスされた異国情緒あふれるサウンド。

4. Contact

パーカッシブでファンキーなビートに乗せて、「つながり＝Contact」の多義性を歌う。
ラジオの周波数や人間同士の相互作用など、比喩のレイヤーが豊富に織り込まれている。
フックの強いコーラスが耳に残るポップチューン。

5. Funny Names

シニカルでユーモラスなナンバー。
メディアや有名人の名前が飛び交うリリックは、当時の世相やマスメディア批判を軽妙に描いている。
BADらしい風刺精神と遊び心が絶妙なバランスで融合している。

6. What Happened to Eddie?

フィクション的なストーリーテリングが特徴的な楽曲。
“エディ”という架空の人物の変遷を通じて、80年代という時代の浮き沈みを描写する。
バンドの中でも特に映画的、演劇的な楽曲構成を取った異色作。

7. Applecart

表面的にはポップだが、歌詞は内省的で皮肉なトーンを持つ。
「林檎のカートをひっくり返す」＝安定を崩すことを暗示し、自己変革や転覆の美学を示唆している。
ミック・ジョーンズらしいポップの裏にある批評性が光る。

8. Esquerita

タイトルは50年代のロックンロールピアニスト、エスケリータに由来する。
彼のアバンギャルドなスタイルをオマージュしつつ、BAD流のファンクとロックをブレンド。
音楽的な引用と再構築がコンセプチュアルに行われた一曲。

9. Champagne

軽快で洒脱なサウンドとは裏腹に、「泡のように消える夢」をテーマにした諦観的なリリックが印象的。
華やかさの中に潜む虚しさや孤独を、ダンスミュージックの形式で包み込むという逆説的な構造が秀逸。

総評

『Tighten Up Vol. 88』は、Big Audio Dynamiteが持つ雑食性とポップセンスのバランスが最も洗練された形で結実したアルバムである。
社会批評的なまなざしは維持しつつ、よりリスナーに開かれた構成と、キャッチーなメロディが前景化しており、商業的ポテンシャルとアーティスティックな個性が高次に共存している。

それは「政治的に踊れる音楽」「クラブで考えさせるポップ」とでも言うべきものであり、1988年という転換期におけるBADの成熟を示している。
また、90年代に登場する“意識のあるポップ”や“思想のあるダンスミュージック”の先駆とも位置づけられ、BADの中でも最もアクセスしやすく、それでいて示唆に富んだ一作と言えるだろう。