1. 歌詞の概要
「This Is the Sea(これが海だ)」は、The Waterboys(ザ・ウォーターボーイズ)が1985年に発表したサード・アルバム『This Is the Sea』のラストを飾る表題曲であり、バンドの“ビッグ・ミュージック”哲学を集約し、自己変容と解放を高らかに謳い上げた魂のアンセムである。
この曲は、過去に囚われたままの自分に対する決別の歌であり、かつての悲しみ、恐れ、誤解、そして愛すらも――すべてを超えて、新しい自己へと向かう“旅立ち”の宣言である。タイトルにある「海(the sea)」とは、無限の可能性、深淵な自己、あるいはスピリチュアルな啓示を象徴しており、その海へと足を踏み出すことで、語り手はようやく“生きること”を本当に始める。
「This Is the Sea」は、ただの別れの歌でもなければ、自己啓発の賛美歌でもない。むしろ、“終わり”と“始まり”が同時に訪れる瞬間――内なる目覚めの瞬間を音楽で刻印した、普遍的な“変容の物語”なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
1985年のアルバム『This Is the Sea』は、The Waterboysの初期3部作における最終章であり、“ビッグ・ミュージック”の思想が頂点に達した作品とされる。その中で、このタイトル曲は集大成にして到達点――いや、“通過点であることの肯定”を意味するような位置づけにある。
Mike Scott自身が語るように、この曲は彼の人生の中で最も重要な楽曲のひとつであり、執筆中には「涙を流しながら何度も歌詞を書き直した」という。ここに描かれているのは、単なる恋愛や個人的体験の物語ではない。それは“変わりたい”と願うすべての魂に向けられた、音楽による祝福のようなメッセージだ。
曲は6分以上にわたって展開し、ピアノとギターの波が繰り返し打ち寄せ、ついには巨大な情感のうねりへと至る。Mikeの歌声は囁きから叫びへ、祈りから確信へと変化し、聴く者の心をまさに“海”へと誘っていく。
3. 歌詞の抜粋と和訳
That was the river
あれは“川”だったThis is the sea
でも、これは“海”なんだNow you say you’ve got trouble
いま君は“問題を抱えてる”と言うけれどYou say you’ll never be free
“自由になれない”なんて言うけれどBut this is not the river
でもそれはもう“川”じゃないThis is the sea
これは“海”なんだよ
出典: Genius Lyrics – This Is the Sea by The Waterboys
4. 歌詞の考察
「That was the river / This is the sea(あれは川だった、これは海なんだ)」という象徴的な対比がこの曲の核心である。川とは、限られた流れ、道筋の決まった旅路、過去に縛られた自己の象徴。一方、海とは、制限のない広がり、新しい始まり、すべてを呑み込む深遠な世界である。
この構造は、人生の変化を象徴する典型的な“転換の比喩”であり、語り手はリスナーに対して、「君はまだ“川”の中にいると思っている。でも実は、すでに“海”に出ているんだ」と語りかける。その言葉は、過去の傷や執着から抜け出せない人に向けた、優しくも力強い呼びかけだ。
また、「You say you’ll never be free(自由になれないと言う)」というラインは、まさに“自己否定”や“自己制限”の姿勢を象徴しているが、それに対して「This is not the river / This is the sea」という返答は、“それはもう事実ではない”という明確な否定であり、“変われる”という希望を静かに提示する。
この曲は、ポジティブなメッセージでありながら、決して押しつけがましくない。それはMike Scottの詩的感性が、“自己変容”という普遍的テーマを、押しつけではなく共鳴として届けようとしているからである。
その言葉と音は、まるで波が岸に打ち寄せるように、繰り返し、しかし確実に心に届く。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Born to Run by Bruce Springsteen
自由を渇望し、過去を捨てて新しい世界へと向かう決意を描いた青春の賛歌。 - Changes by David Bowie
“変わること”を肯定し、自らの姿を受け入れるためのスピリチュアルなポップソング。 - Across the Universe by The Beatles
宇宙的広がりと精神的静けさが交錯する、意識の解放を描いた名曲。 - I Am Trying to Break Your Heart by Wilco
自己分裂と再構築の過程をリアルに描いた、現代の“内なる海”の歌。 -
The River by Joni Mitchell
内面の揺らぎと過去への郷愁を詩的に描いた、感情の水面を漂うバラード。
6. 海はそこにある――“大いなる自己”への出航
「This Is the Sea」は、The Waterboysが目指した“ビッグ・ミュージック”の結晶であり、Mike Scottの詩人としての魂が込められた人生讃歌である。
この曲は、変わることを恐れているすべての人に向けて、「過去はもうあなたの制約ではない」と優しく告げてくれる。
あなたが思っているよりも、もうずっと前から、あなたは“川”を抜けて、“海”に出ていたのかもしれない。
そしてその海は、怖いものではなく、あなたを解き放つ場所なのだ。
「This Is the Sea」は、別れの歌であり、始まりの歌でもある。
そしてそれは、聴くたびに新しい意味を見せてくれる、“人生の波”そのものだ。
過去を振り返りながらも、希望のほうを向いて歌い続ける――それが、The Waterboysがこの曲で私たちに残した、最大の贈り物なのである。
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