発売日: 1981年3月10日
ジャンル: ロック、ハードロック、ウェストコースト・ロック
近所にロックスターが引っ越してきたら——Joe Walshが語る“栄光と喪失”のポップ寓話
『There Goes the Neighborhood』は、Joe Walshがイーグルス解散後の1981年に発表したソロ5作目のスタジオ・アルバムである。
本作は、前作『But Seriously, Folks…』の延長線上にありながらも、
よりロック色を強め、イーグルス解散後の孤独と自由を反映した、成熟期のウォルシュ像を刻んだ作品である。
タイトル「There Goes the Neighborhood(近所が台無しだ)」には、
ウォルシュ特有の皮肉とユーモアが込められており、
その一方で、名声と騒動、ノスタルジーと虚無が交錯するアメリカン・ドリームの縮図でもある。
この作品を通じて、ウォルシュは
「自分が何者か」よりも「何を笑い、何を忘れ、何を残したいのか」という問いに向き合っているように思える。
全曲レビュー
1. Things
力強いリフとともにスタートするオープニング・ナンバー。
「物事が変わっていく。でも自分は変わらない」——という一種の諦念とアイロニーが交差するロックチューン。
ウォルシュらしい一歩引いた視線が光る。
2. Made Your Mind Up
明るめのコードと軽快なテンポ。
決意とその後の空虚感を、やや他人事のように綴る歌詞が印象的。
リスナーに寄り添うようでいて、どこか突き放している独特の距離感がある。
3. Down on the Farm
カントリー色の強いスローナンバー。
アメリカの農村を舞台にしながらも、そこに生きる“自分”の実存を問い直すような深みがある。
のどかでありながら、どこか悲しい。
4. Rivers (Of the Hidden Funk)
ファンク風味のグルーヴが光る異色曲。
「隠されたファンクの川」を巡る旅は、自由への欲望と混沌の象徴か。
サウンドの立体感が際立つ。
5. Song for a Dying Planet
環境問題への関心をにじませた、ウォルシュ流の“地球へのバラード”。
柔らかくも切実なトーンが、彼の誠実な側面を映し出す。
6. Life of Illusion
本作のハイライトにして代表曲。
「人生は幻想に過ぎない」という冷めた達観を、ポップでキャッチーなメロディに乗せた名曲。
イントロのリフは後に映画『パパが遺した物語』や『40歳の童貞男』などでも使用され、長く愛されることとなる。
ウォルシュの美学——「笑ってるけど、泣きながら歌ってる」がここにある。
7. Bones
アコースティックな響きと、レイドバックしたビート。
過去の傷跡を受け入れるような、ウォルシュの“老成”が感じられる一曲。
8. Rockets
アルバムを締めくくるナンバー。
夢と現実、記憶と未来が交錯するようなスペーシーなアレンジ。
希望も絶望もすべて抱えたまま、次の旅へ出発するような余韻が残る。
総評
『There Goes the Neighborhood』は、Joe Walshが“イーグルス後”の世界を見つめながら、
静かに笑い、ゆっくりと過去と決別していく過程を記録した作品である。
それは“肩の力が抜けたロック”でも、“中年の嘆き”でもない。
むしろ、それらをすべて俯瞰しながら、ユーモアと誠実さで包み込んだ、成熟した自己表現なのだ。
ウォルシュはロックスターであることを手放すでもなく、誇るでもなく、
ただ“それが自分の居場所だった”と静かに語る。
そしてその言葉に、やけに真実味があるのは、彼が“病んだ心のまま”生き延びてきたからかもしれない。
おすすめアルバム
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Don Henley – I Can’t Stand Still
イーグルス脱退後の内省と社会批評が交差する名作。 -
Tom Petty – Hard Promises
ポップと深みが共存する80年代アメリカン・ロックの理想形。 -
Jackson Browne – Hold Out
成熟期の“疲れた優しさ”が響く。ウォルシュと精神的に通じ合う。 -
Warren Zevon – Bad Luck Streak in Dancing School
ユーモアと哀しみ、毒と愛。ウォルシュの世界観と共振。 -
Joe Walsh – Ordinary Average Guy
さらに年齢を重ねた後の自画像的アルバム。平凡の中の深み。
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