
1. 歌詞の概要
「The Dream」は、アメリカ・ブルックリンを拠点に活動するインディー・ロック・バンド Widowspeak(ウィドウスピーク)が2011年にリリースしたデビューアルバム『Widowspeak』に収録されている楽曲である。淡く幻想的なギターリフと憂いを帯びた女性ヴォーカルが特徴的で、「夢」と「記憶」、「喪失」と「憧憬」が入り混じる朧げな情景を描いた一曲である。
この曲で描かれるのは、夢か現実か曖昧な時間の中で、過去の誰かとの記憶がぼんやりと浮かび上がっては消えていく感覚である。語り手は、まるで眠りの淵にいるような不確かな視界の中で、かつての愛や出来事を思い出そうとするが、それは掴もうとすると指の間からすり抜けてしまう。そんな記憶の断片のなかに、切なさと諦めが静かに漂っている。
サウンドとしては、スロウテンポで揺れるドリーミーなギターと、ヴォーカリストMolly Hamiltonの囁くような声が印象的で、リスナーを夢の中へ誘うような、儚くも美しいサウンドスケープが広がっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Widowspeakは、2010年代初頭のインディーロックシーンにおいて、ドリームポップとアメリカーナの中間に位置するような独自の音楽性で注目を集めたバンドである。ヴォーカルのMolly HamiltonとギタリストのRobert Earl Thomasによって結成され、デビュー作『Widowspeak』は、Mazzy StarやHope Sandovalと比較されるような幽玄な世界観を携えていた。
「The Dream」は、そのデビューアルバムの中でも最もミニマルで内省的なトラックのひとつであり、一曲全体が“眠りと目覚めのあわい”のような曖昧な情感で構成されている。この曲の歌詞は非常に簡潔でありながら、語られていない部分にこそ多くの感情が込められており、リスナーそれぞれが自らの“失われたもの”を重ねやすい構造となっている。
インディー・ロックやシューゲイザー、ドリームポップを好む層の間では、“夢を見ているような曲”という点で本作がWidowspeakの原点的魅力を端的に示している楽曲と評価されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「The Dream」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を併記する。
All I see is a dream
私に見えるのは、ただひとつの夢だけA dream that keeps me from sleeping
その夢のせいで、私は眠れないIt’s all I see
それだけが、私の視界を覆っているYou were there
あなたがそこにいたBut you slipped away
だけど、あなたはすり抜けていった
出典:Genius – Widowspeak “The Dream”
4. 歌詞の考察
「The Dream」の歌詞は非常に少ないが、その反復性と単語の選び方によって、まるで夢日記のような曖昧な構造を持っている。語り手は、ひとつの夢に取り憑かれたように、その映像や感触から離れることができない。だが、その夢に登場する「あなた」は、手を伸ばしても触れられず、意識がはっきりするほどに遠ざかっていく。
「All I see is a dream」というラインの繰り返しは、現実と夢の境界線が曖昧になっている語り手の心理状態を端的に表しており、「It’s all I see」という言葉には、過去の記憶に囚われて前に進めない状態への諦観すら感じられる。
そして「You were there / But you slipped away」は、誰もが経験する“かつて大切だった人が、今はもういない”という喪失の瞬間を凝縮した一節である。夢に登場するその人が実在したのか、亡くなったのか、あるいはただ疎遠になったのかは明かされないが、それゆえにこの楽曲の情感は普遍性を持って響いてくる。
また、サウンドの面でも歌詞の内容と呼応するように、エコーの効いたギターが波紋のように広がり、メロディも曖昧で輪郭がぼやけており、意図的に“夢の中の音楽”としての構造が構築されている。この音像によって、歌詞に描かれる幻のような感覚がよりリアルに体感されるのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Fade Into You by Mazzy Star
同様に幻想的なサウンドと儚い愛を描いたドリームポップの象徴。 - Blue Light by Mazzy Star
夜の静けさと切なさを静かに歌う、内省的バラード。 - Cherry-coloured Funk by Cocteau Twins
言葉の意味よりも音の質感で感情を伝える、エーテルのような楽曲。 - Dust to Dust by The Civil Wars
愛の記憶と喪失をテーマに、繊細なデュエットで綴られる叙情的な一曲。 -
Dreams Tonite by Alvvays
“もしあのとき違う道を選んでいたら”という想いを描いた、切ないレトロ・ポップ。
6. “夢に生き、夢に消える”——Widowspeakが描く、記憶と幻のあいだ
「The Dream」は、Widowspeakというバンドの音楽性を端的に示す楽曲であり、ドリーミーでありながらも痛みを内包した静謐な情景描写が際立っている。派手さは一切ないが、その分だけ、心の中にそっと入り込み、静かに感情を震わせてくるような力を持っている。
夢と記憶、喪失と執着、時間と感情の交差点で、人はしばしば「現実よりも鮮やかな夢」を見る。そして、その夢が冷めた後に残るものこそが、**音楽にしか表現できない“余白としての感情”**である。
「The Dream」は、そうした“心の余白”にそっと寄り添い、語りすぎず、説明しすぎずに、ただ在ることによってリスナーの記憶を静かに呼び覚ます楽曲である。何かを失った人にとって、この曲はまるで夢のなかで再会できるわずかな時間のような存在となるだろう。現実が苦しい夜に、そっと再生してほしい一曲である。
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