発売日: 1998年9月28日
ジャンル: フォークトロニカ、サイケデリック・ポップ、トリップホップ、エクスペリメンタル・ロック
概要
『The Three E.P.’s』は、The Beta Bandが1997年から98年にかけて発表した3枚のEP――『Champion Versions』『The Patty Patty Sound』『Los Amigos del Beta Bandidos』を1枚にまとめたコンピレーション・アルバムであり、フォークとエレクトロニクスを融合した“ポスト・ブリットポップ以降”の実験精神の象徴的作品である。
この作品は、スコットランド出身のThe Beta Bandがその音楽的アイデンティティを一気に確立した時期の記録であり、ジャンルの枠にとらわれない自由奔放な編集感覚とコラージュ的な美意識、ユーモアと神秘性が同居する独自の世界観を打ち出している。
アコースティック・ギターやピアノ、アナログシンセ、パーカッション、そして奇妙なサンプル音――それらが低予算の宅録的質感を伴って構築されるサウンドは、当時のUKロックにおいて異質かつ先鋭的だった。
特に、当時のオルタナティブ文化の中心だったRadioheadやBeck、Spiritualized、Massive Attackといったアーティストの周辺にありながら、どこにも属さない“自家中毒的サイケデリア”として、本作は熱狂的なカルト的支持を集めることとなった。
全曲レビュー
1. Dry the Rain
The Beta Bandの代名詞的名曲。
牧歌的なアコギとホーン、ミニマルなリズムが徐々に昂揚し、後半で大合唱へ至る展開は、まさに“サイケデリック・フォークの祝祭”そのもの。
2. I Know
マンドリン風の弦とシンセが浮遊する穏やかなナンバー。
“知ってる”という繰り返しが、自己肯定と不安の間で揺れる心象を象徴。
3. B + A
ドラムマシンとギターのループが奇妙なテンションを生み出す中毒性の高い楽曲。
実験的な編集処理とコラージュ感が前衛的。
4. Dogs Got a Bone
穏やかなオーガニック・サウンドの中にサンプリングの歪みが溶け込む一曲。
“犬が骨を見つけた”という比喩は、満たされた欲望や停滞の感覚を連想させる。
5. Inner Meet Me
8分を超えるサイケデリック・ジャーニー。
トライバルなパーカッションとポップなメロディの交差が快楽的で、コンサートでの定番曲。
6. The House Song
“これがハウス・ソング”というタイトル通り、ミニマルな構成に乗せてサイケ的ビートが延々と反復される。
ダンスと瞑想の境界にあるようなトラック。
7. Monolith
最も実験的でノイズ的なトラック。
映画のSEのような断片、雑多なコラージュ、即興的リズムなどが組み合わさり、音の“彫刻”のよう。
8. She’s the One
穏やかでポップな短編ソング。
淡い恋愛感情を反復的な詞で表現しており、アルバム中での清涼剤的役割を果たす。
9. Push It Out
空間系エフェクトと低音のグルーヴが気だるく絡む、内省的で静謐なナンバー。
夜の散歩や孤独な時間に寄り添う曲。
10. It’s Over
フォークとエレクトロニカが滑らかに溶け合う“終わりの歌”。
歌詞の少なさが余白を生み、余韻のある閉幕を感じさせる。
総評
『The Three E.P.’s』は、アルバム作品でありながら、どこか“遊び場のような自由さ”と“断片的日記のような親密さ”を併せ持つ稀有な一作である。
それは、ロックでもポップでもクラブでもない、しかしすべての要素が混ざった“Beta Band的”という唯一無二のジャンルの創造であった。
音楽的には緻密に構成されながらも、どこか崩れそうで儚く、すべてが仮の姿のようでもある。
また、のちのAnimal CollectiveやPanda Bear、Caribou、さらにはGorillazにも通じる音楽の断片性・多層性を先取りした点において、時代を10年早く走っていたとも言える。
The Beta Bandの活動は短命に終わったが、この『The Three E.P.’s』という出発点には、**21世紀的な音楽の在り方――“ジャンルに属さず、意識の流れのままにある音”――の原点が刻まれているのだ。
おすすめアルバム
- Beck / Mutations
アコースティックと実験性、宅録感の融合において近い温度感を持つ。 - Radiohead / Amnesiac
断片的で不安定な音像と知的な構成感が共振する。 - Animal Collective / Sung Tongs
フォークとコラージュ的編集の融合という意味でBeta Bandの精神的後継。 - Caribou / Andorra
サイケ・ポップとエレクトロニクスの交錯が美しい、ベータ的音楽観の現代的発展形。 -
Gorillaz / Demon Days
ジャンル横断的でありながら統一された世界観を持つという共通性。
制作の裏側(Behind the Scenes)
本作は、もともと3つのEPとしてそれぞれ異なる時期・スタジオ・空間で録音されている。
特に『The Patty Patty Sound』では、10分超の長尺曲やノイズ、フィールド録音の導入など意図的に“まとまりのなさ”を追求する編集手法が用いられた。
また、The Beta Bandはこの時期、アートワークや映像作品の制作にも自ら関わっており、“音楽だけでなく存在全体が表現である”という思想が徹底されていた。
この“多媒体的創造”という姿勢は、のちに多くのアーティストが参照することになる先駆的な取り組みであった。
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