発売日: 1986年7月14日
ジャンル: ケルトロック、アリーナロック、ニューウェイヴ
概要
『The Seer』は、スコットランドのバンド Big Country が1986年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムである。
前作『Steeltown』で社会批評色を強めた彼らは、本作においてスコットランドの神話や民族性をより深く掘り下げ、音楽的にも叙事詩的スケールを獲得した。
タイトルの「Seer(予言者)」が象徴するように、本作には時間を超越した物語性と歴史へのまなざしが宿っている。
ギターをバグパイプのように響かせる独特の奏法は健在で、そこにアリーナロック的な厚みと躍動感が加わり、より広がりのあるサウンドが展開される。
プロデューサーは引き続きロビン・ミラーとスティーヴ・リリーホワイト。
ゲストとしてケイト・ブッシュがタイトル曲に参加している点も特筆される。
その結果、叙情と力強さを併せ持った、Big Countryの代表作のひとつとして評価されている。
全曲レビュー
1. Look Away
開幕からパワフルなアリーナ・ロックが炸裂する、アルバムを代表するヒット曲。
疾走感のあるギターとエネルギッシュなドラムが印象的で、スチュアート・アダムソンの情熱的なヴォーカルが楽曲を引き締めている。
「振り返るな」というタイトルの通り、前進し続ける意志を歌ったナンバー。
2. The Seer
アルバムのタイトル曲であり、ケイト・ブッシュとの幻想的なデュエットが聴ける異色のトラック。
神秘的なメロディと語りかけるような構成が、ケルト神話の語り部のようなムードを醸す。
歴史や民族の記憶を巡るテーマが、音楽と見事に溶け合っている。
3. The Teacher
アダムソン自身の教師経験をベースにしたとも言われる曲。
知識や指導の意味、時代の変化と学びの在り方を考察するような深いリリックを持つ。
ダンサブルなリズムと重層的なギターが、知的でありながらロックとしての勢いを損なわない。
4. I Walk the Hill
戦場を思わせる緊張感のあるアンサンブルと、個人の信念を象徴するようなリフレイン。
「丘を登る」という行為が、精神的試練や儀式的意味を帯びる。
アルバムの中でも特に内省的でストイックな楽曲。
5. Eiledon
スコットランドの伝説に登場する地名「エリドン」をモチーフにした、スピリチュアルなバラード。
叙情的な旋律と幻想的なギターが美しく調和し、過去と現在、現実と神話が交錯する。
アルバム中最も詩的な世界観を描いた一曲。
6. One Great Thing
明るく、開放的なアリーナ・ロックで、希望と団結を讃える内容。
スポーツイベントなどでも好んで使用されるほど、パブリックな力を持つアンセム的ナンバー。
歌詞の中の「ひとつ偉大なこと(One Great Thing)」とは、理想社会や人間の可能性への信念とも読める。
7. Hold the Heart
失恋と再生をテーマにした哀愁漂うスローバラード。
アコースティックな質感とアダムソンのエモーショナルな歌声が、アルバム中で異彩を放つ。
ラブソングでありながら、魂の修復と赦しをめぐる深いテーマを扱っている。
8. Remembrance Day
「追悼の日」と題されたこの曲は、戦争と記憶をめぐる重厚なナンバー。
英国の「リメンブランス・デイ(戦没者追悼日)」を意識したタイトルで、兵士たちの記憶を音楽で称える。
軍隊風のマーチリズムと荘厳なコードが印象的。
9. Red Fox
バンドの中でも特にケルト的モチーフが強く現れた一曲。
“赤い狐”という伝説上の存在を通して、狩りと逃走、生存と狡猾さといったテーマを扱う。
野性味と神秘性が共存したユニークなトラック。
10. The Sailor
閉幕を飾るこの曲は、波間を行く“水夫”をテーマにした旅の歌。
未知への出航、不安と希望を同時に描き、アルバムの余韻を深める構成となっている。
ギターが海のうねりのようにうねり、聴き手を静かに遠くへ連れて行く。
総評
『The Seer』は、Big Countryがその音楽的・文化的アイデンティティをさらに深め、ポピュラリティと芸術性を高い次元で両立させた作品である。
前作までの社会的リアリズムに加え、本作では神話や民族的記憶、精神性といった抽象度の高いテーマに接近し、それを壮麗なサウンドで包み込んでいる。
ギターの音色はさらに表情を増し、アリーナロック的な開放感のなかにスコットランドの風土や精神性がしっかりと刻まれている。
また、ケイト・ブッシュの参加や、より多彩なアレンジの導入など、音楽的な冒険も随所に見られる。
このアルバムを以って、Big Countryは単なるケルト風ニューウェイヴ・バンドではなく、“北の叙事詩を奏でるロックバンド”として確固たる地位を築いた。
『The Seer』は、ロックと神話が美しく溶け合った、時代を超える叙情詩なのである。
おすすめアルバム(5枚)
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Simple Minds / Once Upon a Time (1985)
スコットランド的叙情とアリーナロックの融合。 -
The Waterboys / This Is the Sea (1985)
ケルトの精神性とポップセンスが共存する詩的ロック。 -
Kate Bush / Hounds of Love (1985)
幻想性と語りの世界観、そして本作との直接的コラボも踏まえて。 -
Runrig / The Cutter and the Clan (1987)
スコットランドの民族的美学とロックの調和を追求した同時代作品。 -
Bruce Springsteen / The River (1980)
個人的な物語と社会的背景を織り交ぜた語りのロック。
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