発売日: 2023年8月25日
ジャンル: オルタナティブロック、ポストグランジ、アメリカンロック
概要
『The Long Goodbye』は、Candleboxが2023年にリリースしたラストアルバムであり、30年におよぶキャリアに終止符を打つ“感謝と別れ”の作品である。
本作は、バンドのフロントマンであるケヴィン・マーティンが発表した「これが最後のCandleboxアルバムになる」という宣言とともに世に送り出され、グランジ世代の生き残りとして、成熟したロックのあり方を提示する穏やかで力強い最終章となった。
タイトルの『The Long Goodbye』は、レイモンド・チャンドラーの小説や映画などを想起させつつ、長年のファンとの別れ、音楽そのものとの別れ、そして“若さ”からの別れを多義的に象徴している。
サウンドはハードロック、アメリカンフォーク、ブルース、ポップの要素が柔らかく融解し、過去の自己をなぞるのではなく、“今の音”で自分たちを見つめ直すセルフポートレートのようなアルバムに仕上がっている。
全曲レビュー
1. What Do You Need
冒頭から“あなたが本当に必要としているものは何?”と問いかける、人生回顧的なロックナンバー。
シンプルなコードとメロディの中に、ケヴィン・マーティンの語るような歌声が沁みる。
2. Who You Are
“君は誰かのままでいていいのか?”というテーマで展開される叙情曲。
自己肯定とアイデンティティの探求が重なり、ベテランらしい視座の広がりが感じられる。
3. Punks
かつての“若き反逆者”たちへ向けたオマージュとエレジー。
グランジ世代の精神を尊重しつつも、「今の俺たちはどう生きるか」を静かに投げかける問いかけソング。
4. Missile
一転して緊張感のあるエッジの効いたロックナンバー。
“ミサイル”=衝動、破壊、感情の爆発を象徴しつつ、理性的な距離感が同居する中年ロックの傑作。
5. Elegante
アルバム中もっともユニークなアレンジのミドルテンポ曲。
スペイン語タイトル“Elegante”=優雅という言葉が象徴するように、静かで洗練された美しさが漂う楽曲。
6. Ugly
“醜さ”に焦点を当てたダークなトーンの一曲。
だがその醜さは社会ではなく“内面”に向けられており、“誰もが持つ闇”へのまなざしが真摯に描かれている。
7. Maze
迷路をさまよう人生のメタファーを使った、迷いや焦りを率直に描いたトラック。
だが曲調はメロディアスで開かれており、抜け出す光が見えている。
8. Cellphone Jesus
本作随一の風刺曲。
“スマホの神”というタイトル通り、現代人の依存と空虚を鋭く指摘するが、どこか笑える余白も残している。
80年代風のキーボードサウンドが不思議なノスタルジーを呼ぶ。
9. I Should Be Happy
幸せであるべきなのに、なぜかそう感じられない——
そんな“満たされない幸福”を歌う切実なバラード。
リリックはシンプルだが、聴き手の心にじわじわ染み込む。
10. Nails on a Chalkboard
苛立ち、焦燥、言葉にできない衝動が渦巻くナンバー。
90年代の粗削りな音像を彷彿とさせながらも、コントロールされた怒りとして響くのが大人の表現力。
11. Hourglass
“砂時計”=残された時間。
ラストトラックとして完璧な選曲であり、別れの瞬間を祝福と静かな涙で包むような、穏やかで壮大なバラード。

総評
『The Long Goodbye』は、Candleboxが30年かけて鳴らし続けてきた“誠実なロック”の、静かで力強い締めくくりである。
このアルバムは、過去の焼き直しでもなければ、自己神話の強化でもない。
むしろ、「今の声で、今の音で、自分たちを語り直す」ことに徹した、成熟の極みといえるロックアルバムである。
グランジの時代に咲き、ポストグランジとして耐え、幾度もの変化を乗り越えてきた彼らが、“去り際”までも美しく鳴らしてみせたことは、音楽史における一つの奇跡である。
涙ではなく、静かな拍手で送り出したい——そんな作品なのだ。
おすすめアルバム
- Live / The Turn
終盤キャリアでの自己再定義を描いた成熟作。 - Collective Soul / Blood
ベテランとしてのロック美学と叙情性が交錯。 - Foo Fighters / But Here We Are
喪失と再生をロックで綴った静かな名作。 - Pearl Jam / Gigaton
世代としてのメッセージを現在の音像で再提示。 - Bush / The Art of Survival
再起と挑戦の姿勢を鮮烈に刻んだ現代グランジの一つの到達点。
歌詞の深読みと文化的背景
『The Long Goodbye』のリリックは、別れの美学と人生の余白を静かに語る詩集のようでもある。
“さようなら”を、悲しみではなく“対話の終わり方”として描くその語り口は、騒がしい時代において極めて穏やかで、誠実で、品格がある。
ここには、もはや怒りも憧れもない。
あるのは、やるだけのことをやった者が最後に選ぶ“言葉の温度”だけだ。
そしてそれが、Candleboxが30年鳴らしてきた“音楽としての正直さ”そのものなのだ。
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