1. 歌詞の概要
「The Late Greats」は、Wilcoが2004年にリリースしたアルバム『A Ghost Is Born』のラストを飾る楽曲であり、同作の内省的で重厚なトーンから一転して、軽快なギターリフとリズミカルなアンサンブルで構成された、ウィットに富んだロックンロール・ナンバーである。
タイトルにある「The Late Greats」とは、直訳すると「故人となった偉人たち」を意味するが、ここではその言葉が音楽ファン的な文脈にひねられて使われている。つまり、「まだ知られていない、だけど本当は最高なバンド」や、「亡くなった後にしか評価されないアーティストたち」、あるいは「幻のバンドや曲」に対するオマージュであり、同時に皮肉でもある。
歌詞では、「君が最高だって思ってる曲、ラジオじゃ絶対に流れない」と繰り返されるように、商業主義に回収されない音楽、もしくは過小評価された名曲たちへの愛と、それを知っている“自分たち”へのささやかな誇りが語られていく。つまりこれは、無名の天才たちに捧げられた、音楽マニアのための小さな讃歌なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
『A Ghost Is Born』は、Wilcoが前作『Yankee Hotel Foxtrot』で獲得した芸術的評価を経て、より抽象的かつ精神的な内省へと向かった作品であり、その多くは不安や孤独、記憶といったテーマに貫かれている。しかし「The Late Greats」だけは例外的に軽快で、まるでその沈黙を破るようなユーモアと風通しの良さを持っている。
ジェフ・トゥイーディ自身は、自らの音楽的ヒーローたち──たとえばビッグ・スター、ザ・ミニュットメン、ダニエル・ジョンストンなど──が商業的には成功しなかったにもかかわらず、彼にとっては最も重要な存在であることをたびたび語っている。「The Late Greats」は、そうした“知られざる名曲”や“幻の名バンド”への感謝を、リスナーにも共有したいという気持ちが反映された作品なのだ。
また、この曲はWilco自身が“過小評価されていた存在”だった時期の経験とも重なる。アルバム『Yankee Hotel Foxtrot』をめぐってレーベルから契約を切られた経験を経た彼らにとって、この曲は皮肉と自己肯定が入り混じった、静かな復讐のようにも聞こえる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は印象的な一節(引用元:Genius Lyrics):
The best band will never get signed / The best song won’t ever get played
最高のバンドはレコード契約なんて結べない
最高の曲はラジオで流れることすらない
You can hear it on the B-side / But it’s a track from the late greats
聴きたければB面を探すしかない
それは“レイト・グレイツ”の一曲なんだ
You can’t hear it on the radio / You can’t hear it anywhere you go
ラジオからも流れてこないし どこに行っても聴けやしない
The best band will never get signed / K-Settes starring Butcher’s Blind
最高のバンドには契約がない 「K-Settes feat. Butcher’s Blind」なんて聞いたことあるか?
ここに登場する「K-Settes」や「Butcher’s Blind」は架空のバンドでありながら、実在する無名の名バンドたちを象徴している。Wilcoはここで、音楽産業の不条理に対する風刺を交えつつ、“知る者ぞ知る”というリスナーの優越感をもくすぐっているのだ。
4. 歌詞の考察
「The Late Greats」は、ウィットに富みながらも本質的に深い問いを投げかけてくる。それは「評価されない音楽は、本当に価値がないのか?」ということであり、逆に「売れる音楽が、本当に優れているのか?」という問いでもある。
音楽の価値は、ラジオで何度流されたか、何万枚売れたか、どのレーベルに所属しているかでは決まらない。むしろ、そうした“外側の評価軸”から外れているがゆえに、純粋な感動や革新性を持つ音楽が存在する──というのがこの曲の核心である。
また、語り手が「君の好きな最高の曲は、誰にも知られていない」と語るとき、それは聴き手に向けた共犯的な親密さを感じさせる。Wilcoはここで、“誰にも知られていない音楽を愛している自分たち”の美学を、ロックンロールのスタイルで讃えているのだ。
つまり、「The Late Greats」は、音楽が産業である以前に“個人の体験”であることを再確認させる曲なのである。
(歌詞引用元:Genius Lyrics)
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Alex Chilton by The Replacements
伝説的な“過小評価されたアーティスト”への愛を、パンクの勢いで描いた名曲。 - Left of the Dial by The Replacements
インディー・ロックの現場を象徴する“知られざる名曲”へのオマージュ。 - Radio Radio by Elvis Costello
ラジオとメディアに対する不信を、攻撃的かつユーモラスに歌ったクラシック。 - Teenage FBI by Guided by Voices
ローファイながらも強烈なポップセンスを誇る、DIY精神に満ちたインディーロック。 - Waiting Room by Fugazi
商業主義から距離を置きながらも、圧倒的な存在感を放ったアンダーグラウンドの象徴。
6. ロックとは、知られていないところにこそ宿る:見えない音楽への讃歌
「The Late Greats」は、Wilcoが音楽という文化に対して持つ純粋な愛情と、産業化されたポップミュージックへの冷静な批評性を見事に融合させた1曲である。作品全体が内省的かつ重層的な『A Ghost Is Born』のラストにこの曲を配置した意図は明白である。つまり、どれだけ孤独や不安を抱えていても、最後には“音楽”が希望となるのだと伝えている。
この曲に出てくる“レイト・グレイツ”たちは、もういない存在かもしれない。でもその音は生き続ける。ラジオには流れなくても、誰かの心の中で鳴り続けている。その事実こそが、音楽の最も素晴らしい力であり、Wilcoはその力を、この軽やかな一曲に込めている。
知られていないものが、最も偉大である──そんな逆説的な真実が、この「The Late Greats」という“誰も知らない曲”の中に、ひっそりと、しかし確かに輝いている。
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