
発売日: 1991年7月16日
ジャンル: オルタナティヴ・ダンス、エレクトロロック、ポップロック
概要
『The Globe』は、Big Audio Dynamite II名義で1991年にリリースされたアルバムであり、ミック・ジョーンズによるバンドの第2章を決定づけた作品である。
BADの初期メンバーが解散したのち、ジョーンズは新たな布陣で音楽的再出発を図り、前作『Kool-Aid』(1990)の楽曲を洗練し再構築した形で本作を完成させた。
本作はUKクラブカルチャー、アメリカのオルタナティヴ・ブーム、そして1990年代初頭のデジタル・ポップの気運が交差するなかで生まれ、BADにとって最大の商業的成功をもたらした。
中でもシングル「Rush」は全米モダン・ロック・チャートで1位を獲得し、The Clash時代とは異なるジョーンズの“踊れるロック”が世界的に受け入れられた瞬間となった。
サンプリングは控えめになり、代わりにシンセやループビート、アンサンブルの緻密さが際立つ構成となっており、90年代的な“オルタナティヴ・ポップ”の美学が貫かれている。
同時に、メッセージ性はよりソフトで内省的となり、パーソナルな視点と普遍的なポップ感覚が融合した作品となっている。
全曲レビュー
1. Rush
代表曲にして本作のハイライト。
ハウスビート、ファンクギター、ループされたヴォーカルサンプルなどを用いながら、クラブ・ロック的アプローチの完成形を提示。
もともとは『Kool-Aid』の「Change of Atmosphere」だったが、大幅な再構築を経て生まれ変わった。
軽快でありながら知的なグルーヴは、90年代のオルタナティヴ・ヒットの象徴とも言える。
2. The Globe
アルバムの表題曲であり、メロディアスで親しみやすいダンス・ポップ。
「この地球に生まれて」という視点から、自己の居場所や世界とのつながりを緩やかに探る。
ジョーンズのヴォーカルはやや脱力的で、それが楽曲の普遍性と中毒性を引き立てている。
3. Innocent Child
ソウルフルなコード進行とスムースなリズムが特徴のバラード調ナンバー。
無垢な存在が傷ついていくプロセスを描いた詞が、静かな切実さを帯びている。
アレンジは控えめだが、感情のディテールに寄り添う構成が際立つ。
4. Looking for a Song
音楽を探す行為そのものをテーマにした、ポップかつ爽やかなミッドテンポ・チューン。
ダンスロックのフォーマットをベースにしながら、青春的で希望を感じさせる雰囲気を持っている。
サビの高揚感が心地よく、ライブ映えもする一曲。
5. The Tea Party
『Kool-Aid』から引き継がれた曲だが、よりシンプルで洗練された形にリファインされている。
政治や宗教、伝統への皮肉をにじませながら、サイケデリックな音像で幻想的に描く。
ビートは抑制されつつも緊張感があり、知的な深みを感じさせる。
6. Hollywood Boulevard
グラマラスな街に潜む虚構と孤独を描いた曲。
エレクトロニックな質感とアメリカ文化への批評性が交錯し、イギリスからの視線でLAを捉えた独特の感覚がある。
過去作からの流れを継ぎつつも、より現代的で整理されたトーンになっている。
7. Just Play Music!
タイトル通り、音楽そのものの力を讃えるアンセミックなナンバー。
踊り、感じ、解釈せずに“鳴らせばいい”というBAD流の音楽観をストレートに伝える。
躍動感あるリズムと、ヴォーカルの多重構成がエネルギーを放つ。
8. Innocent Child (Reprise)
3曲目のアンビエント的な再解釈。
シンセと残響を活かした短い小品で、アルバムに静かな呼吸をもたらす。
9. Contact
アグレッシブなファンク・グルーヴにポップなメロディを乗せた、クラブ・ロック寄りの楽曲。
BADの中では比較的ストレートな構成であり、パフォーマンス映えする一曲。
「つながり」というテーマが、個と集合の関係性を軽やかに問う。
10. No 10 Upping St.
タイトルは2作目のアルバム名を再利用した形だが、楽曲はまったくの新曲。
パーラメント・ファンク的なグルーヴと社会風刺がミックスされており、BADのルーツと現在地をつなぐような楽曲。
政治的なユーモアとポップな構造が秀逸。
総評
『The Globe』は、Big Audio Dynamiteが90年代という新しい時代に順応し、かつ自身のスタイルを再定義することに成功したアルバムである。
BAD II名義に変わったことは表向きの変更ではなく、音楽的にもリズム、プロダクション、視点のすべてがアップデートされている。
ここではかつての“サンプリング実験集団”としての狂騒は抑えられ、代わりに万人に開かれたポップネスと、個人的で詩的なリリックが中心となっている。
それでもBADらしいウィットとジャンルの横断性は健在であり、聴きやすさと知性の絶妙なバランスが取られている点が秀逸だ。
この作品をもって、ミック・ジョーンズはThe Clash以降の自分自身の物語を“世界”(The Globe)という名のもとに完成させたとも言えるだろう。
『The Globe』は、単なるクラブ・ロックの名盤ではなく、時代の端境期における音楽とアイデンティティの再定義の記録なのである。
おすすめアルバム(5枚)
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EMF / Schubert Dip (1991)
ダンスとロックの融合、BADの同時代的フォロワー。 -
Jesus Jones / Doubt (1991)
サンプリングを取り入れたダンスロックの代表例。グローバル感覚も共通。 -
Happy Mondays / Yes Please! (1992)
ファンクとサイケ、マンチェスタームーブメントの終盤を象徴する作品。 -
Primal Scream / Give Out But Don’t Give Up (1994)
ルーツロックとソウル、ファンクを融合したBAD的な進化系。 -
New Order / Technique (1989)
エレクトロとバンドサウンドの融合という点でBAD IIと高い共鳴性。
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