
発売日: 1995年
ジャンル: オルタナティヴロック、ポストパンク、ダーク・ポップ
概要
『The Glamour』は、The Comsat Angelsが1995年に発表した8作目にして最後のスタジオ・アルバムであり、バンドの最終章を飾るにふさわしい“静かな衝撃”を持った作品である。
1980年代初頭にポストパンクの寡黙な旗手として登場し、90年代にはギター主体のローファイ・ロックへと舵を切った彼らが、本作では再び音の奥行きと詩的な視座を取り戻し、感情と構造のバランスにおいて見事な成熟を遂げている。
タイトルの「The Glamour」は、表面的な華やかさというよりも、「魅了」や「幻想」といった心理的な引力を示唆しており、本作全体に漂う“影の美学”と深く共鳴している。
商業的には注目されることのなかったアルバムだが、その内省的な密度と、ジャンルを横断する音楽的探求は、バンドの集大成として静かに燦然と輝いている。
全曲レビュー
1. What’s Going On
ゆったりとしたテンポで始まるオープニング・トラック。
“何が起きているんだ?”という繰り返しが、日常の混沌と内的困惑を象徴する。
ギターのざらついた質感が、現実の不確かさを映し出す。
2. My Good Friend
温かみのあるメロディと、フェローズの柔らかなボーカルが印象的な一曲。
友情をテーマにしながらも、どこか儚さと距離感が伴う点がComsatらしい。
3. You’re a Big Girl Now
ボブ・ディランの楽曲とは同名異曲。
女性へのメッセージと成長の痛みを描いた、静かなラブソング。
シンセの装飾が控えめに使われ、上品な浮遊感を生んでいる。
4. The Glamour
タイトル・トラックにして、本作の核となるスロウ・バラード。
“魅力”とは何か? それは虚構か、真実か?
ミニマルな構成の中に、重層的な問いかけが込められている。
5. You’re a Big Girl Now (Reprise)
3曲目のリプリーズ。
より静かに、より陰影深く演奏されることで、アルバム中盤の緩やかな変化を導く。
6. Lay Down
反復的なコードとビートが心地よいミディアム・ナンバー。
“横たわれ”というフレーズには、休息と諦めの両義性が込められている。
7. Flow
流れるようなギターと、ほとんどウィスパーのようなボーカル。
夢と現実、意識と無意識の境界を行き来するような構造が印象的である。
8. She’s Invisible
視覚的な存在として認識されない“彼女”の物語。
疎外された女性像を詩的に描き、静かな社会批評を含んでいる。
9. Happy as the World
本作で最も皮肉の効いたトラック。
“世界のように幸せ”という逆説的なタイトルが、逆に深い孤独や不条理を浮かび上がらせる。
10. Here Comes the Sun
ビートルズの名曲とは同名異曲。
淡いギターと前向きなリフが、アルバムの終わりに小さな希望の光を添えている。
沈鬱な空気の中にも再生の兆しを感じさせる、美しい締め括りである。
総評
『The Glamour』は、The Comsat Angelsというバンドが最後にたどり着いた“静かな場所”であり、喧騒ではなく余白によって物語を語るアルバムである。
かつての冷徹なポストパンク、そして90年代初頭の直線的なギターロックを経たあとに到達したのは、温度と距離のバランスが絶妙な、知的で感傷的な音の風景だった。
過去を振り返るのでもなく、未来に賭けるのでもない。
ただ“今ここ”の空気を、丁寧に、慎ましく音に留めた本作は、The Comsat Angelsにしか鳴らせないラスト・メッセージである。
“グラマー”とは、決して飾り立てることではない。
見えないものに、耳を澄ますことなのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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David Sylvian – Dead Bees on a Cake (1999)
内省と静寂を重視した終盤作。『The Glamour』と通じる美意識。 -
Talk Talk – Laughing Stock (1991)
沈黙と響きの芸術。The Comsat Angelsの静けさと詩性に通じる。 -
Mark Hollis – Mark Hollis (1998)
最小限の音で最大の感情を表現する名盤。バンドの終末的な美学と共鳴。 -
The Blue Nile – Peace at Last (1996)
叙情と内省の完成度が高い作品。Comsat最終期と同じく洗練された感情表現。 -
Red House Painters – Songs for a Blue Guitar (1996)
陰影の濃いギタートーンと静かな情念が『The Glamour』と響き合う。
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