
発売日: 2000年9月18日
ジャンル: インディーロック、フォークロック、オルタナティブポップ
概要
『The Friends of Rachel Worth』は、The Go-Betweensが12年ぶりに再結成し発表した通算7作目のスタジオ・アルバムであり、“沈黙の後の静かな再出発”としての意味合いを持つ、穏やかで誠実な復活作である。
1989年に活動停止した後、長らく別々の道を歩んでいたロバート・フォースターとグラント・マクレナンが再び合流し、バンドの名義で音楽を再び紡ぎ始めたこと自体が、ファンにとっては奇跡的な出来事だった。
本作では、収録曲の半分がアメリカのインディーロックバンドSleater-Kinneyのメンバーたち(ジャネット・ワイス、キャリー・ブラウンスタイン)とのセッションによって録音されており、2000年代以降のインディーロックとの親和性を感じさせる軽やかな緊張感が宿っている。
また、レコーディングはポートランドで行われ、ジャネット・ワイスのドラミングがサウンド全体をタイトにまとめている。
『The Friends of Rachel Worth』というタイトルは実在しない人物名であり、この“ラシェル・ワースの友人たち”とは、過去と現在、失われたものと守り抜いたもの、そんな曖昧で確かな“つながり”の象徴といえる。
全曲レビュー
1. Magic in Here
フォースターによる、穏やかで凛としたオープニング。
“この部屋には魔法がある”という詩的なラインは、再会と再出発の空気を象徴する。
ギターの柔らかい響きとシンプルなアレンジが、心を静かに包み込む。
2. Spirit
マクレナンの繊細なメロディが胸を打つ、フォーキーで開放感のあるナンバー。
“精神(スピリット)”という言葉に込められた、音楽と人間の根源的な力を感じさせる。
彼らの友情そのもののような美しい楽曲。
3. The Clock
短く、疾走感のあるアップテンポ。
フォースターの語るようなボーカルと、ジャネット・ワイスのタイトなドラムが絡み、まさに2000年代の空気を帯びたGo-Betweensらしい仕上がり。
“時間”という普遍的なテーマが、あっさりとした詞で深みを持つ。
4. German Farmhouse
マクレナンによる、旅と孤独、過去の残り香を描いた静謐なバラード。
タイトルの“ドイツの農家”は、彼自身の経験に基づいた地名的イメージであり、アルバム全体の寂しげなトーンを象徴する。
5. He Lives My Life
フォースターによる、ややサイケデリックなムードを持ったナンバー。
“彼は私の人生を生きている”という不思議な視点は、過去の自分や亡霊のような存在を暗示する。
低音のベースとメロウなギターが心地よい浮遊感を生む。
6. Heart and Home
マクレナンの優しさがにじむ、穏やかで日常的なラブソング。
“心と家”という主題は、彼らの音楽そのもののようでもある。
親密な空気が、聴く者に寄り添ってくるような楽曲。
7. Surfing Magazines
このアルバムで最もポップで軽快なナンバー。
フォースターが皮肉とユーモアを交えて描く“サーフィン雑誌を読むような日々”は、浮遊する生活とロマンへの微笑を含む。
ギターリフのキラキラ感が印象的。
8. Orpheus Beach
神話的モチーフと現代的風景が交差する、マクレナンの詩情が光る曲。
“オルフェウスの浜辺”というタイトルが示すように、過去を振り返らずに歩くことの勇気を歌っている。
シンプルだが深みのあるメロディが際立つ。
9. Going Blind
フォースターによる内省的なミッドテンポ。
“盲目になること”が象徴するのは、希望か、諦念か。
繊細なギターと落ち着いたリズムセクションが、彼の低く響く声とよく合っている。
10. When She Sang About Angels
マクレナンによる、荘厳で心揺さぶるバラード。
“彼女が天使について歌ったとき”というフレーズに、音楽が持つ癒しと浄化の力が託されている。
アルバムの最後を締めくくるにふさわしい、静かな祈りのような1曲。
総評
『The Friends of Rachel Worth』は、The Go-Betweensが過去の遺産に寄りかかることなく、新しい時代の空気を吸い込んで静かに歩き出した作品である。
それはかつての切実な青春の音ではない。
しかしそこには、年を重ねた者だけが奏でられる誠実さ、穏やかさ、そして“続けていくこと”の尊さが宿っている。
フォースターとマクレナンという二人の対話は、再び交差しながらも、以前よりも柔らかく、確信に満ちている。
派手な装飾もないが、その分、一語一句、一音一音が胸に染み込むような深さを持つアルバムとなっている。
“友人”とは過去の記憶でもあり、現在のつながりでもあり、未来への橋でもある。
『The Friends of Rachel Worth』は、そんな名前のつけられない何かと共に歩き続ける人たちのための、静かな賛歌なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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