The Fairest of the Seasons by Nico(1967)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「The Fairest of the Seasons(ザ・フェアレスト・オブ・ザ・シーズンズ)」は、Nicoニコ)が1967年にリリースしたソロデビューアルバム『Chelsea Girl』の冒頭を飾る楽曲であり、別れ、自己選択、感情の揺らぎをテーマにした、静かで美しい決断の歌である。

タイトルにある“fairest season(もっとも美しい季節)”とは、人生の一時期を象徴する詩的表現であり、歌詞全体は「去るか、とどまるか」という問いを繰り返すかたちで進行していく。
語り手は、ある人との関係において、「自分の感情に従って行動すべきか、それとも過去の絆を守るべきか」という葛藤を抱えている。最終的に何かを選んだと明確に語られることはないが、その選びきれなさ、決断の重さを漂わせたまま語り続ける構造が、Nicoの低くたゆたう声によってより一層印象深く響く。

この楽曲は、“人生における分岐点に立たされたときの静かな逡巡”を描いたものであり、特定のストーリーではなく、普遍的な「決断することの痛みと孤独」がテーマとなっている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「The Fairest of the Seasons」は、アメリカのシンガーソングライターJackson BrowneGregory Copelandによって共作され、当時Jackson Browneはまだ18歳という若さでこの楽曲を提供している。
彼は当時Nicoと親しい関係にあり、彼女のソロデビュー作『Chelsea Girl』には「These Days」など複数の楽曲を提供している。
彼の繊細で詩的な歌詞が、Nicoの寂しげで威厳のある声と重なり、楽曲に感情の複雑な重みを与えている。

『Chelsea Girl』の制作において、Nico本人のアレンジ意見はほとんど取り入れられず、プロデューサーらの判断でフルートやストリングスが多く加えられた。Nicoは後にこのアルバムに対して否定的な意見を述べているが、同時にこの楽曲のもつ美しさは、彼女の声によって決定的なものとなったとも言える。

また、この楽曲は近年になってウェス・アンダーソン監督の映画『The Royal Tenenbaums(ザ・ロイヤル・テネンバウムズ)』にも使用され、若いリスナーにも再評価されることとなった。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius Lyrics – Nico “The Fairest of the Seasons”

Now that it’s time
Now that the hour hand has landed at the end

いまがその時
時計の針が終わりに達したから

Now that it’s real
Now that the dreams have given all they had to lend

いまはもう現実
夢が貸してくれたすべてを使い果たした

この冒頭のラインでは、時間の流れと、夢からの覚醒、現実への直面が語られる。何かが終わろうとしており、今まさに「行動すべき時」がやってきたのだということが示唆されている。

I want to know
Do I stay or do I go?
And maybe try another time

知りたいの
ここに残るべきなのか、それとも行くべきか
もしかしたら別の時にやり直すこともできるかもしれないし

このサビ部分は、曲全体の主題である決断と保留の狭間に揺れる感情を象徴している。去るか、留まるか、それとも先送りにするか——すべての選択肢が“まだ開かれている”ことの緊張がそこにある。

But how can I come on
When I know I’m guilty of leaving?

でも、どうして進める?
自分が“去ることに罪悪感を感じている”って知っているのに

この一節には、行動すること=誰かを裏切ることになってしまうという後ろめたさが表れている。自己決定が、他人の痛みになるというジレンマこそが、この楽曲の感情的な核心である。

4. 歌詞の考察

「The Fairest of the Seasons」は、ルー・リード的な都市の退廃とも、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド的な反体制とも異なる、より個人的で、静かな葛藤を描いた詩的な作品である。

歌詞は、行動と葛藤の“あいだ”を漂い続ける。「選ぶこと」は強さの証ではなく、選べないことの痛みこそが人間的であるという視点がこの曲にはある。
実際、語り手は何も決めていない。ただ「そろそろ決めなければならない」という時間の圧力に押されている。そんな状態に共感するリスナーは、人生のある時点で必ずこの曲と同じ問いに直面するだろう。

Nicoの歌声は、この“決断の保留”という感情を、情緒過多に陥ることなく、冷たさと暖かさの中間で保ち続けている
だからこそこの曲は、愛の歌でも、別れの歌でもなく、“感情が決着しないときにしか鳴らない音”を持っている

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “These Days” by Nico
    同じくジャクソン・ブラウン作による回想と後悔のバラード。時間の不可逆性を歌う。
  • “River” by Joni Mitchell
    別れの時期に自己と向き合う、ピアノと歌の純粋な表現。
  • “All I Want” by Joni Mitchell
    愛を求めることの痛みと希望を描く、心の旅のような楽曲。
  • “Late for the Sky” by Jackson Browne
    関係の終焉を静かに描き出す、成熟したラブソング。
  • “Song to the Siren” by Tim Buckley
    神話的な比喩のなかで、届かない愛への呼びかけを綴った美しい曲。

6. 決断の前にある“もっとも美しい季節”

「The Fairest of the Seasons」というタイトルは、去る前、終わる前、傷つける前の、最後の静かな時間を美化した表現である。それはある意味で“現実”になる直前の“夢のような時間”であり、いちばん美しくも、いちばん残酷な季節だ。

この曲は、決断することの孤独、感情を選ぶことの罪、未来への不安といった、感情の狭間にある曖昧で繊細な瞬間を、丁寧にすくいあげた歌である。
そしてそれを歌ったNicoの声は、あたかも時間そのものが話しかけてくるような重みと深さを持っている。

「The Fairest of the Seasons」は、人生の“決断の前夜”に鳴り続ける、もっとも美しく、もっとも心を締めつける歌である。

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