1. 歌詞の概要
「The Devil You Know」は、Jesus Jonesが1993年にリリースした3枚目のアルバム『Perverse』に収録されたシングルであり、この時期のバンドにとって重要なターニングポイントを象徴する楽曲である。前作『Doubt』(1991年)で世界的な成功を収めた彼らは、このアルバムでよりデジタル色を強めた攻撃的な音像へとシフトし、その中でも「The Devil You Know」はキャッチーなメロディと皮肉に満ちたリリックを両立させた、最も親しみやすく、かつ挑発的な楽曲となっている。
タイトルの「The Devil You Know(知っている悪魔)」とは、英語圏におけることわざ “Better the devil you know than the devil you don’t” に由来するもので、直訳すれば「知らない悪より知っている悪の方がまだマシ」という意味である。つまり、現状に不満があっても、未知のリスクを恐れて現状を受け入れてしまうという、人間の保守的な心理を示している。
この楽曲はまさにその「慣れた悪」に対する皮肉と怒りをテーマにしており、社会的・政治的状況、個人の選択、集団の無自覚な同調といった構造に対して、鋭く問いかける。バンドの持ち味であるアグレッシブなエレクトロ・ロックサウンドとともに、リスナーの感情にダイレクトに訴えるメッセージソングとしての側面も強い。
2. 歌詞のバックグラウンド
1993年、Jesus Jonesは世界的な大ヒット「Right Here, Right Now」から2年が経ち、新たな音楽的方向性を模索していた。『Perverse』は、当時としてはかなり先鋭的な“全編デジタル録音”という手法を取り入れ、ロックとテクノロジーの融合をさらに押し進めた作品である。
その中でも「The Devil You Know」は、商業的ポテンシャルを保ちつつも、歌詞においては強烈な反体制的ニュアンスを含んでいる。保守的な価値観、古びた体制、繰り返される選択の欺瞞——それらすべてを、毒のあるウィットで解体しようとする姿勢が読み取れる。
この時期、イギリスはポスト・サッチャー時代に突入し、政治的にも社会的にも不透明な空気が漂っていた。選挙のたびに期待しては失望する国民感情、改革という名の欺瞞、現実を変えることの難しさ。「The Devil You Know」は、そうした閉塞感を象徴する“慣れた悪魔”への怒りを、直接的な言葉と力強いビートに込めている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(引用元:Genius Lyrics)
You said you wanted some changes made
君は「変化が必要だ」と言っていたよな
No one likes the way things are
誰もが現状に不満を持ってる
But see the way we vote, and we always choose
でも、結局投票するのはいつも…
The devil we know, not the devil we don’t
“知らない悪魔”より、“知ってる悪魔”さ
And nothing ever really changes
だから何も本当には変わらない
この一節に込められているのは、明確な社会批評である。「変えたい」と言いながらも、実際には安全圏にとどまりたいという人間の保守性。その結果、政治も文化も人間関係も、表面的な変化はあっても本質は変わらないまま同じサイクルを繰り返す。そのもどかしさと怒りが、このフレーズには凝縮されている。
4. 歌詞の考察
「The Devil You Know」は、表面的には政治的皮肉を交えた風刺ソングだが、より広義には人間の“変化への恐怖”を描いた曲でもある。人は皆、現状を否定しながらも、新しいものに飛び込むリスクを避ける。その心理は選挙結果、ライフスタイルの選択、恋愛や仕事といったあらゆる局面に現れる。
この曲の強みは、そうした“保守的な自分たち”に対して怒りを向けるだけでなく、そのメカニズムを見つめる冷静さも備えている点にある。サビのメロディは非常にキャッチーで、歌っている内容の辛辣さに対してポップに響くが、そのギャップがかえって曲のメッセージをより効果的に際立たせている。
また、「何も変わらない」という一見虚無的な視点が提示される一方で、それを歌にすることで、“このままじゃいけない”という意識を促しているのもこの曲の魅力だ。Jesus Jonesは、“皮肉るだけの傍観者”ではなく、“変革を願うリアリスト”なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Everything Counts by Depeche Mode
組織と個人の力関係を描いた、商業主義批判の名作。 - This Is Not a Love Song by Public Image Ltd.
ポップソングの形式を使って、皮肉と自己批評を織り交ぜた先鋭的な一曲。 - Electioneering by Radiohead
政治と権力の欺瞞をエネルギッシュに描いた、抵抗のロック。 -
Sheep by Pink Floyd
盲目的な従属と、その末路を風刺的に描いた長編社会風刺ソング。 -
Stand! by Sly & The Family Stone
行動を促す力強いメッセージとグルーヴの融合。
6. “変化したいのに変われない”時代への覚醒の歌
「The Devil You Know」は、Jesus Jonesがポップ・ヒットの波を越えて、より鋭利で意識的な音楽へと踏み出した証である。そのテーマは1993年という時代に対する反応でありながら、2020年代にも痛烈に響く普遍性を持っている。
私たちは日々、「このままでいいのか?」という疑問を抱えながら、“慣れた悪魔”に手を伸ばしてしまう。新しさには不安が伴い、だからこそ現状維持を選んでしまう——たとえそれが、自分を縛るものだったとしても。
この楽曲は、その矛盾に鋭く切り込むと同時に、「目を覚ませ」と告げている。キャッチーで踊れるサウンドに身を委ねながらも、その裏にある叫びを見逃さないこと。それこそが、この曲の“本当の聴き方”なのかもしれない。
「The Devil You Know」は、私たちが知らず知らずのうちに受け入れてしまう“悪”の正体を暴き出す、静かなる革命の歌である。
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