発売日: 1989年
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポストパンク、カレッジロック
概要
『The Death of a Dictionary』は、米国ペンシルベニア州出身のバンド、Live（当時はPublic Affection名義）が1989年に自主制作で発表したデビュー・アルバムであり、その後の全米的成功を予感させる原石のような作品である。
Liveは、1990年代に入ってから「I Alone」や「Lightning Crashes」などのヒット曲で知られるようになるが、本作はまだ高校在学中のメンバーが手作りで作り上げた、荒削りながらも情熱に満ちた記録である。
カセットテープで限定リリースされたこのアルバムは、ポストパンク的なシャープさとU2やR.E.M.に通じる知的なロック感覚を併せ持ち、のちのスピリチュアルなバンド像とは異なる、よりストレートな若者の葛藤と衝動が詰まっている。
『辞書の死』というタイトルも象徴的で、既存の言語や規範に対する反発と、それを乗り越えて新たな表現を探る若きアーティストたちの意思が込められているように思える。
全曲レビュー
1. Who Put the Fear in Here?
タイトル通り、「誰がここに恐れを植え付けたのか？」という問いをストレートにぶつけるようなロックナンバー。
不安と怒りの混ざったボーカルが、Ed Kowalczykの後のカリスマ性を予感させる。
2. Savior for a Day
儚い救世主像をテーマにしたナンバー。
理想と現実の落差を描くリリックと、焦燥感のあるギターが、若者らしい純粋さと苦悩を映し出す。
3. Good Pain
後年Liveの1stアルバムにも再収録された、初期の代表曲。
“痛みの中にこそ気づきがある”というメッセージが、ラウドな演奏とともに聴き手に突き刺さる。
4. Morning Humour
日常と虚無の混ざった朝を描いた、ミドルテンポの曲。
タイトルの”ユーモア”は皮肉として機能し、シニカルな視点が浮き彫りになる。
5. Operation Spirit (The Tyranny of Tradition)
後のメジャー・デビュー後にも録音される重要曲の初期バージョン。
伝統や宗教への反発、そして個の目覚めを扱った、バンドの思想的コアとも言える楽曲。
6. Liberty
“自由”という抽象的なテーマを扱いながら、意外にも情緒的なトーン。
混乱の中にある小さな確信が、歌詞とメロディに染み込んでいる。
7. Paper Flowers
詩的なイメージを多用したバラード調のナンバー。
“紙の花”は、偽物の美しさや失われた感情の象徴として機能する。
8. The Hands of a Teacher
教育や導きに対するアンビバレントな視線を描いた実験的なトラック。
若者が大人になる過程での不信感と感謝が交錯している。
9. Ball and Chain
タイトルは拘束と苦悩を連想させるが、歌詞ではむしろ“自分で自分を縛る”構造を示唆。
パンク的アティチュードが光る、攻撃的な一曲。
10. Vine Street
どこかノスタルジックな風景描写と、現実の残酷さが対比されたナンバー。
都市生活と個人の心の距離感を、メロディックなギターと共に描く。
総評
『The Death of a Dictionary』は、後に大成功を収めるLiveがまだ“Public Affection”という名で、自主的に音楽を作り、叫び、世界に向けて自分たちの存在を証明しようとしていた初期衝動の記録である。
音質やアレンジには粗さがあるが、それすらも“真摯な未完成”として愛すべき魅力に転じており、すでにEd Kowalczykのスピリチュアルかつ爆発的な歌唱スタイルは確立されつつある。
また、社会批評や宗教的テーマへの鋭いアプローチ、抽象的なイメージを多用したリリックなど、のちの『Throwing Copper』や『Mental Jewelry』へと繋がる要素が随所に見られる。
当時のバンドの年齢を考えれば、これは“青春の落書き”というより、“思想を持った青年たちのマニフェスト”であり、DIY精神とインディロックの真髄を感じさせる重要な出発点だ。
Liveというバンドを真に理解するためには、必ず触れておきたい未発表的名盤である。
おすすめアルバム
- Live『Mental Jewelry』
本作からわずか数年後、メジャーデビューを果たしたアルバム。宗教や哲学的テーマがより洗練されて登場。 - R.E.M.『Murmur』
若さと知性を持ったアメリカン・カレッジロックの礎。影響関係も深い。 - U2『Boy』
初期のU2のような青さとスピリチュアルな高揚感が『Dictionary』とも響き合う。 - The Alarm『Declaration』
情熱とメッセージ性を武器にした80年代のUKバンド。Public Affection時代のLiveと通底する熱量がある。 - Pearl Jam『Ten』
グランジ以降の精神性に興味があるなら、Liveとの思想的共振が見られる。
制作の裏側（Behind the Scenes）
『The Death of a Dictionary』は、1989年にバンドの高校卒業記念として、約1,000本のカセットで自主リリースされた。
レコーディングは地元ペンシルベニア州の小さなスタジオで行われ、当時のメンバーが手作業でアートワークや流通を行ったという、完全なるDIY作品である。
のちにCD化やストリーミング配信はされておらず、ファンの間では“伝説のデモ”として語り継がれてきた。
その希少性とバンドの成長過程を感じ取れるという意味で、コレクターズアイテムとしての価値も非常に高い。
まさに、辞書＝既成の言葉が死ぬとき、音楽が語り出す――
そんな精神を体現した、唯一無二の出発点なのだ。
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