1. 歌詞の概要
「The Bitch Don’t Work（ザ・ビッチ・ドント・ワーク）」は、Elasticaが2000年に発表した2ndアルバム『The Menace』に収録された楽曲であり、バンドの終末期を象徴するような、短く鋭いパンク・ナンバーである。その尺はわずか1分半ほど。だがその短さこそが、怒りや倦怠、挑発的ユーモアを凝縮させた強烈なスタンスを示している。
タイトルの“The Bitch Don’t Work”は直訳すれば「その女は働かない」だが、ここでの“bitch”は他者ではなく、語り手自身、あるいは語り手の中にある“何か”を指しているようにも思える。つまりこれは、社会的役割や期待、身体的・精神的疲弊、そして自己イメージとの乖離といった、広い意味での“機能不全”を語るメタファーなのである。
歌詞の内容はほとんどフレーズの羅列に近く、明確な物語や叙情性はない。しかし、その中に漂うのは、他人が勝手に押し付けてくる規範や期待に対する拒絶であり、“うまく回らない”ことを恥じるのではなく、むしろ笑い飛ばすような居直りの姿勢だ。語り手は、何も機能しない自分をそのまま受け入れながら、「それがどうした」と堂々と開き直る。
2. 歌詞のバックグラウンド
『The Menace』はElasticaにとって2枚目にして最後のスタジオ・アルバムであり、デビュー作から5年を経てようやくリリースされた。だがその間にバンドは大きく変化し、メンバー交代、創作上の行き詰まり、そしてプライベートでの苦悩を経て、Elasticaはすでに初期の勢いを失っていた。
「The Bitch Don’t Work」は、まさにそうした疲弊と諦念、しかしそこに込められたブラックユーモアを象徴する1曲である。フリッシュマンはこの時期、創作活動やメディア露出から距離を置き始めており、Elasticaの活動も縮小傾向にあった。その背景には、音楽業界における女性へのプレッシャーや消耗、そして自身の“機能不全”に対する苦悩があったとされる。
この曲は、そうした葛藤を逆手に取り、開き直りのアンセムとして表現されたものとも言える。怒りはむしろ過ぎ去っており、残されているのは“もう笑うしかない”という皮肉と諦観のミックスされた感情である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、この曲の冒頭に登場する印象的なフレーズを和訳とともに紹介する（※曲全体が短いため、フル引用に近い）。
The bitch don’t work
The bitch is broke
女は動かない
壊れちまってるのさThe bitch is smoking
Her mind’s a joke
タバコをふかして
頭ん中は冗談みたいに空っぽShe lost her job
She lost her house
仕事も失い
家も失ったThe bitch ain’t got no future now
女にはもう未来なんかありゃしない
※ 歌詞の引用元：Genius – The Bitch Don’t Work by Elastica
この一連のフレーズは、社会的に“終わった”とされる人物像を冷笑的に描いているようでありながら、むしろそこに共感や投影を感じさせる。歌詞の“bitch”が誰であれ、この曲は“うまくやれなかった人間”の姿を、怒りよりも笑いで包んでいる。
4. 歌詞の考察
「The Bitch Don’t Work」は、Elasticaがかつて持っていた反抗的なエネルギーを、より削ぎ落とした形で表現した“ミニマルな怒り”の曲である。そこにあるのは、爆発的な攻撃ではなく、日々の中で積もった疲労、繰り返される失敗、そして機能しない自分への達観と苦笑である。
この“壊れた女”というイメージは、90年代に構築された“強い女”像へのアンチテーゼでもある。誰かに勝っているわけでもなく、自己実現も果たせていない。でも、それがどうした？という居直り。これは敗北ではない。むしろ、敗北を“持ちネタ”として取り込むような、現代的なサバイバルの一形態だ。
また、フリッシュマン自身がこの時期、音楽業界からの離脱を考えていたことを踏まえれば、この曲は“アーティストとして機能しないこと”に対する彼女自身のセルフ・パロディとも解釈できる。もはや誰かの期待に応えようとするのではなく、“動けない自分”をそのまま作品化する――その覚悟こそが、この曲の凄みである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Rid of Me by PJ Harvey
機能不全な関係性を、怒りと痛みで切り裂く強烈な告白。 - Rebel Girl by Bikini Kill
フェミニズムと反抗心が融合した、ラウドで直接的な賛歌。 - Add It Up by Violent Femmes
欲望と苛立ちがにじみ出る、内向的なローファイ・アンセム。 - Typical Girls by The Slits
“典型的”という言葉を逆手にとったポストパンク・フェミニズムの原点。 - Territorial Pissings by Nirvana
怒りと自己否定が渾然一体となったグランジの疾走感。
6. 壊れた自分で立つということ：Elasticaと“終わりのロック”
「The Bitch Don’t Work」は、Elasticaというバンドが最後に放った“終わりの言葉”のような曲である。それはもう何かを変えようとするロックではなく、むしろ“変わらなかった現実”を引き受けながら、それでもなお音を鳴らすという行為の記録だ。
ここには、敗者の姿がある。だがその敗北は、美しくさえある。誰かの思い描いた“成功の物語”から外れても、生きている限り、声を出し、ギターを掻き鳴らすことはできる。たとえそれが1分半の叫びであっても。
Justine Frischmannにとって、この曲は一つの“脱出”だったのかもしれない。Elasticaの活動を終え、自らの芸術性と人生を問い直す旅の始まりに、この短くて鋭い曲はぴったりだった。
「働かない女」こそが、最も自由な声を持っている――そんなパラドックスを噛みしめながら、今日もこの曲は“社会の片隅”で静かに鳴り続けている。
他にも『The Menace』収録の楽曲や、Elastica解散後のアート活動について興味がありますか？
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