アルバムレビュー:Tension by Kylie Minogue

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発売日: 2023年9月22日
ジャンル: エレクトロポップ、ダンスポップ、ハウス、クラブ・ポップ


歓びのフロアに宿る緊張——“解放”としてのポップが鳴る、Kylieの現代的帰還

Golden(2018)ではナッシュビルの風を吸い込み、Disco(2020)では黄金のダンスフロアに舞い戻ったKylie Minogueが、2023年に放った17作目のアルバムがこのTensionである。
タイトルの“Tension(緊張)”という語は、抑圧や焦燥だけでなく、期待と欲望、衝動と抑制の間にある感情の高まりをも含意している。

その音楽性は、Kylie流ポップのDNAを保ちながらも、現代のエレクトロ/クラブ・カルチャーの文脈を取り込み、よりフレッシュで遊び心のあるエネルギーに満ちている。
プロデューサー陣にはリターンメンバーのBiff Stannard、Duck Blackwell、そして新たな顔ぶれも加わり、ジャンルをまたいだ洗練されたサウンドスケープを構築。
ときにセクシャルで、ときにデジタルで、ときにノスタルジックに——Kylieは再び、自身を変幻自在の“音楽のカメレオン”として提示している。


全曲レビュー

1. Padam Padam

本作の象徴ともいえる先行シングル。
ミニマルなビートと中毒性のあるフック「パダム・パダム」が世界中のミームとしても拡散。
心臓の鼓動と恋の衝動を重ねた、ダンスポップの新機軸。

2. Hold On to Now

煌めくシンセと高揚感あるメロディが光る、王道のKylieポップ。
“今”という瞬間の儚さと愛おしさが、まっすぐに胸を打つ。

3. Things We Do for Love

レトロなユーロポップ風味と現代的ビートの融合。
愛のために人がどこまで愚かになれるか——そんなテーマがポップに昇華されている。

4. Tension

タイトル曲にして、クラブ仕様のエレクトロ・チューン。
ビートに乗せた「Touch me right there」といった挑発的フレーズが、官能とユーモアを兼ね備える。

5. One More Time

80s風のディスコ・ポップに現代的なひねりを加えた一曲。
過去の愛の亡霊にもう一度踊らされるような、哀愁と高揚が交差する。

6. You Still Get Me High

より内省的でエモーショナルなミッドテンポ。
恋の余韻が、ビートの残響として静かに広がっていく。

7. Hands

遊び心満点のクラブ・バンガー。
ハンドクラップとアグレッシブなビートが、ダンスフロアの多幸感を演出する。

8. Green Light

逃避行のような軽快なビートと、夜を駆け抜けるようなリリックが印象的。
“今が行けるタイミング”という肯定感が詰まっている。

9. Vegas High

ラスベガスのきらびやかさをモチーフにしたポップ・ファンタジー。
運命と欲望のきらめきが、壮麗なサウンドスケープで描かれる。

10. 10 Out of 10 (feat. Bebe Rexha)

Bebe Rexhaとの共演によるハイエナジーなポップ・デュエット。
自己肯定と自信が全開の、“褒め殺し”型自己賛美ソング。

11. Story

アルバムの締めくくりにふさわしいエモーショナルなナンバー。
それぞれの人生という“物語”が、最後にそっと語られる。


総評

Tensionは、Kylie Minogueが“いまこの時代”と再び完璧に呼吸を合わせたことを示す、見事なエレクトロ・ポップアルバムである。
トレンドへの追従ではなく、自身のキャリアと感性を融合させながら、TikTok時代にも適応しうる普遍性と即時性を両立させている。

本作のKylieは、女神でも妖精でもない。
クラブの片隅で誰よりも自由に踊る“ひとりの生きた存在”として、音の中で息をしている。
だからこそ、Tensionのビートはこんなにもリアルで、愛おしいのだ。


おすすめアルバム

  • Future Nostalgia by Dua Lipa
     ——80sエレクトロと現代感覚の融合。Kylieの現在と強く共鳴。
  • Fever by Kylie Minogue
     ——Kylieのエレクトロポップ黄金時代を築いた大ヒット作。
  • Renaissance by Beyoncé
     ——クラブカルチャーと自己肯定を融合させた、祝祭的ダンスアルバム。
  • Crash by Charli XCX
     ——Y2K美学とダークポップが交差する、現代ポップの先鋭作。
  • Pop 2 by Charli XCX
     ——変幻自在な音と声の実験。Kylieの変身性とも通じる要素多し。

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