発売日: 1995年8月28日
ジャンル: ダンス・ポップ、R&B、アダルト・コンテンポラリー
概要
『Take Me Higher』は、Diana Rossが1995年にリリースした16作目のスタジオ・アルバムであり、ディスコ/ソウルのアイコンから90年代のアーバン・ポップシンガーへと再定義を図った意欲作である。
キャリア30周年を迎えたRossにとって、これは単なる新作以上に「時代とともに変わり続ける自分」を見せる“ステートメント”的アルバムでもあった。
制作にはNarada Michael Walden、Babyface、Jon-John Robinson、Daryl Simmonsといった90年代を代表するR&Bヒットメイカーが参加。
この豪華なプロデューサー陣の下で、Rossはクラブ・カルチャーとバラードの中間に立ち、自らの伝統を守りながらも、若いリスナー層への橋を架けようとする姿勢を明確にしている。
特に表題曲「Take Me Higher」は、全英ダンスチャート1位を記録し、ヨーロッパを中心にヒット。
また、グロリア・ゲイナーの「I Will Survive」のカバーも話題を呼び、Rossは再び“ダンス・フロアの女王”として脚光を浴びることとなった。
全曲レビュー
1. Take Me Higher
アルバムの幕開けにして、90年代的ダンス・ポップの真骨頂。
「もっと高く連れていって」というフレーズが象徴するように、恋愛の高揚感と自己変革の両面を歌う。
シンセ主体の軽快なトラックに、Rossの声がエレガントに乗る爽快なナンバー。
2. If You’re Not Gonna Love Me Right
BabyfaceらしいスムースなR&Bアレンジが光るミッドテンポのラブソング。
「ちゃんと愛してくれないなら、意味がない」という女性の自立を描く内容で、Rossの落ち着いた歌声が説得力を増す。
大人のためのR&Bといえる佳曲。
3. Someone That You Loved Before
しっとりとしたメロディが胸に染みるバラード。
過去の恋人と比較される苦しみを、静かな口調で語る。
Rossの繊細な表現が際立ち、アレンジの余白が彼女の声をより印象的にしている。
4. Let Somebody Know
アップテンポなR&Bトラックに、前向きなリリックが乗るポップ寄りのダンス・チューン。
「愛しているなら、それを伝えて」という直球のメッセージが心地よい。
明るく軽快なアレンジにより、アルバム中でも屈指のキャッチーさを誇る。
5. Keep It Right There
ジャズやレゲエのエッセンスもわずかに含む柔らかなミッドグルーヴ。
恋人との距離感を大切にしようとする内容で、「いまのままでいて」という繊細な願いが込められている。
リズムは軽やかだが、感情は深い。
6. Don’t Stop
タイトル通り、止まることを拒むアクティブなクラブ・ナンバー。
ループするビートにRossのボーカルが乗り、DJ的な反復構成がダンスフロア向けの構築を支える。
“クラブ仕様のDiana Ross”を印象づける一曲。
7. Gone
哀愁を帯びたスロウ・バラード。
別れた後の静けさと痛みを、「もういない」という一言に込めて歌う。
ストリングスとピアノが淡く重なり、Rossの語るような歌い回しが印象的。
8. Only Love Can Conquer All
平和と再生をテーマにしたメッセージ・バラード。
「すべてを癒すのは愛だけ」と力強く繰り返すリリックは、Rossのキャリア全体と響き合う。
バックにゴスペル風コーラスを取り入れた壮大な構成。
9. I Never Loved a Man Before
ジャズ・ソウル調のミッドテンポ・ナンバー。
「こんな風に男を愛したことなんてなかった」と語る、戸惑いと喜びが交錯するリリック。
Rossの大人の女性としての経験がにじむヴォーカルが魅力。
10. Let’s Make Every Moment Count
少しレトロなメロディが際立つ、穏やかなラブソング。
“時間を大切にしよう”というテーマが、90年代的スローライフ感と相まって、温もりを感じさせる。
フィナーレ直前にふさわしい“余韻の曲”。
11. I Will Survive
Gloria Gaynorの名曲をカバーした、アルバム中最も話題性の高いトラック。
Rossはオリジナルのディスコ・パワーを受け継ぎながらも、よりメロディアスに、そしてパーソナルに歌い上げている。
サウンドは90年代仕様に刷新されており、クラブとラジオ双方にフィットする仕上がり。
総評
『Take Me Higher』は、Diana Rossが90年代という時代の中で**「自身の伝統を更新する」ことに成功した稀有なアルバム**である。
単に若返りを狙った作品ではなく、あくまで彼女の“声”と“表現”を中心に据えながら、現代のサウンドプロダクションを融合させていく丁寧な構築がなされている。
ダンス・チューンとバラードのバランスも非常によく、「Take Me Higher」や「I Will Survive」のような力強いトラックと、「Someone That You Loved Before」「Gone」などのしっとりとした楽曲が共存することにより、Rossの二面性――輝きと陰影――がはっきりと浮き彫りになる。
また、プロデューサー陣のセンスも非常に現代的でありつつ、Rossの歌声を覆い隠さず、むしろ“いまこの瞬間のDiana Ross”を聴かせることに成功している。
このアルバムが示すのは、**“過去の名声ではなく、現在の声で愛され続ける方法”**を模索したベテランの真摯な姿勢であり、その潔さと柔軟さこそがDiana Rossの真の魅力なのだろう。
おすすめアルバム(5枚)
- 『Butterfly』 / Mariah Carey(1997)
ダンスとバラードの融合による自己進化という構造が共通。 - 『Believe』 / Cher(1998)
同じく“ディーヴァの再覚醒”として語られる名作で、Rossの本作とよく比較される。 - 『The Velvet Rope』 / Janet Jackson(1997)
パーソナルな表現と洗練されたサウンドが融合した、成熟期の傑作。 - 『I’m Your Baby Tonight』 / Whitney Houston(1990)
R&Bとダンスの融合により“現代性”を獲得した作品として共通項が多い。 - 『Daydream』 / Mariah Carey(1995)
同時期にリリースされたポップ・ソウルの金字塔。Rossと世代を超えた共鳴がある。
ビジュアルとアートワーク
アルバムのジャケットでは、銀と黒のシャープな衣装に身を包んだDiana Rossが、まっすぐに前を見つめている。
シンプルだが凛とした構図は、派手な装飾ではなく“自分自身の存在感”を示すことへの確信を表している。
『Take Me Higher』は、Diana Rossがキャリアの“その先”を歌い始めた瞬間を切り取った、時代と調和しながらも彼女の本質が揺るがないことを証明したアルバムである。
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