発売日: 2021年
ジャンル: シンフォニック・ニューウェーブ、エレクトロ・ポップ、リワークス/オーケストラル・リミックス
概要
『String Theory』は、A Flock of Seagullsが2021年にリリースした“シンフォニック・リイマジネーション”第2弾のアルバムであり、2018年の『Ascension』に続いてオーケストラとの共演による再構築シリーズの発展形として制作された。
今回もバッファロー・フィルハーモニック・オーケストラとタッグを組み、バンドの中期〜後期にかけての楽曲や隠れた名曲たちに新たな命を吹き込むことで、“ストリングス(String)”と“理論(Theory)”が示すとおり、バンドの音楽的骨格を解き明かしながら、壮大に再構成するプロジェクトとなっている。
本作では、単なるリマスターやオーケストラの追加にとどまらず、曲構成やテンポ、メロディの運びまでもが再編成されており、まさに“再構築=String Theory”のタイトルにふさわしい内容である。
全曲レビュー(代表曲ピックアップ)
1. Say You Love Me [Orchestral Version]
オリジナルは1986年のシングルB面として知られるが、本作でのアレンジにより叙情的なバラードへと生まれ変わった。
弦楽の滑らかさがマイク・スコアのメランコリックなボーカルを引き立て、まるで80年代の切ないラブストーリーのエンディングのような余韻を残す。
2. Modern Love Is Automatic [2021 Version]
『Ascension』でも再構築された本曲だが、今回のアレンジはさらにテンポを落とし、ビートを排した構成に変更。
まるで機械仕掛けのオペラのような、コンセプチュアルな高みへと昇華している。
3. Hearts on Fire
原曲よりもテンポを抑え、ストリングスが主旋律を担うアレンジに。
“燃える心”というフレーズが、よりロマンティックで壮大な印象へと変貌している。
バンド後期の佳曲が、ようやく日の目を見たかのような仕上がり。
4. The Story of a Young Heart
アルバム『The Story of a Young Heart』からのタイトルトラック。
弦楽の重厚な導入部が、若さの痛みと詩情を増幅し、原曲の美しさをより際立たせる。
エンディングにかけては映画的な構成で、視覚的イメージを喚起する。
5. Remember David
哀悼の歌として知られる本曲は、オーケストラとの親和性が極めて高い。
追悼と希望が交錯するような、荘厳で敬虔な雰囲気が漂う。
静かな編曲によって、死と記憶のテーマが深く胸に染み込む。
6. The More You Live, The More You Love [Extended Orchestral Mix]
本作ではロング・アレンジで収録。
弦楽のイントロが数分にわたって展開され、ようやくボーカルが登場する構成は、まるで交響詩のよう。
ポップソングというより、サウンドトラックとしての完成度を誇る。
総評
『String Theory』は、A Flock of Seagullsが長年培ってきたサウンドを、オーケストラという“重力”の中で再定義した音楽的アーカイブとも言える作品である。
本作は懐古的でも自己満足でもなく、“時間を旅する音楽の理論”としてのポップソングの可能性を証明する試みであり、過去をただ懐かしむのではなく、再編成によって“別の真実”に辿り着こうとする知的で詩的なアプローチが随所に光る。
そして何よりも、マイク・スコアのボーカルが年齢とともに深みを増し、ストリングスと溶け合うことで、“大人になったA Flock of Seagulls”の在り方を音で語っている点が、本作の最も美しい魅力である。
夢想の彼方で鳴っていたあのメロディは、今や地上に降り立ち、なお輝いている。
おすすめアルバム(5枚)
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ABC – The Lexicon of Love (1982)
ストリングスとポップの融合による美的完成度。『String Theory』と同様の構築美を持つ。 -
Prefab Sprout – Andromeda Heights (1997)
ロマンティックで緻密なポップス。洗練された音像が響き合う。 -
Orchestral Manoeuvres in the Dark – The Punishment of Luxury (2017)
モダンなエレクトロ・ポップと構成美の融合。A Flock of Seagullsの進化と近い地点にある。 -
Marc Almond – Against Nature (2015)
文学性とオーケストラの融合。詩的で濃密な音楽世界。 -
Roxy Music – Avalon (1982)
静謐さと高揚感、アート性の調和。『String Theory』と共に聴きたい夜の音楽。
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