発売日: 1984年10月19日
ジャンル: ケルトロック、ポストパンク、インダストリアル・ロック
概要
『Steeltown』は、Big Countryが1984年にリリースしたセカンド・アルバムであり、前作『The Crossing』で確立したケルト風ギターサウンドを土台に、より社会的・政治的テーマに踏み込んだ作品である。
タイトルの「スティールタウン」は、スコットランド中部の製鉄業で栄えた町ラナークシャーを指しつつ、広く“労働者の町”や“衰退した工業地帯”そのものを象徴している。
当時、サッチャー政権下のイギリスでは炭鉱や重工業の縮小が進み、失業や地域衰退が社会問題となっていた。
本作はその空気を強く反映し、産業の終焉と労働者階級のアイデンティティ喪失を、轟くギターと重厚なリズムで描き出している。
プロデュースは再びスティーヴ・リリーホワイトが担当。
音像はさらに厚みを増し、演奏は緊張感と哀愁を兼ね備え、Big Countryの音楽的進化を示すと同時に、時代のドキュメントとしても強い意味を持つ作品となった。
全曲レビュー
1. Flame of the West
オープニングから炸裂する重厚なギターとシンボリックなメロディ。
“西の炎”とはアメリカ資本主義の象徴でもあり、外からの影響でアイデンティティが変容していくスコットランドの姿と重なる。
疾走感と反骨の精神が交錯する、鋭利なプロテスト・ロック。
2. East of Eden
唯一の全英トップ20ヒットとなったシングル曲。
パーカッシブなリズムと勇壮なギターが絡み、アルバムの中でも比較的キャッチーな構成。
エデンの東=約束の地を失った現代人の彷徨を象徴するリリックが印象的。
3. Steeltown
タイトル曲にして、本作の思想的中核。
産業衰退とそれに伴う地域崩壊を、重く響くリズムと咆哮のようなギターで表現する。
アメリカ資本に買収されたスコットランドの工場を題材とした、現実と対峙するラディカルな一曲。
4. Where the Rose is Sown
「薔薇が植えられた場所」とは、愛と記憶、あるいは死を象徴するフィールド。
戦争や犠牲をテーマにした詞と、勇ましいサウンドが対比され、過去と現在が交差する構成となっている。
スチュアート・アダムソンのボーカルが特に切迫感を増す。
5. Come Back to Me
父を失った少年の視点から語られる喪失と希望の物語。
バンドとしては異例のバラード調で、感情の深みと繊細な演奏が際立つ。
アコースティックとエレクトリックが交錯するアレンジが美しい。
6. Tall Ships Go
歴史的記憶と個人の想像力が交差する詩的な一曲。
大航海時代の“背の高い帆船”をモチーフに、過去の栄光と現在の空虚を重ね合わせている。
幻想的なイントロからドラマティックに展開していく構成も秀逸。
7. Girl with Grey Eyes
モノクロームのような静けさを持つラヴソング。
“灰色の瞳の少女”という比喩的存在を通じて、現実と夢想の狭間を描き出す。
メランコリックなコード進行が、アルバムの中の“静”として機能する。
8. Rain Dance
リズミカルで祝祭的なビートに乗せて、雨乞いという行為を象徴的に描く。
社会や自然の循環を求める祈りが、力強いパーカッションと共に響く。
サウンドの熱量と、スピリチュアルなテーマのバランスが絶妙。
9. The Great Divide
社会的分断をストレートにテーマ化した重厚なトラック。
「分断された大地」は、英国の階級社会とその不平等を象徴するメタファーでもある。
ギターとドラムが一点に収束していく構造が緊張感を生む。
10. Just a Shadow
アルバムの締めくくりにふさわしい、静かな哀愁を湛えたバラード。
「ただの影」という言葉に込められた、存在の希薄さや過去の亡霊をめぐる情感が深く響く。
演奏も抑制され、アダムソンの語り口がリリックと一体化する。
総評
『Steeltown』は、Big Countryが単なるケルト風ロック・バンドから、社会と歴史を描き出す表現者へと脱皮した証として評価されるべき作品である。
そのサウンドは勇壮で力強く、しかし同時に哀しみや怒りといった複雑な感情を内包しており、1980年代イギリスにおける労働者のリアリティを真摯に掬い取っている。
音楽的にも、前作よりさらに緻密で層の厚いアレンジが施されており、リリーホワイトのプロデュースがエモーショナルな部分と構築美を両立させている。
ポップチャートにおける成功には至らなかったものの、内容的には最も濃密で野心的なアルバムといえる。
産業が崩れゆく時代の中で、誇り、痛み、希望をギターに込めたこのアルバムは、ポリティカルでありながら詩的でもある。
『Steeltown』は、サウンドとしての“鉄”であると同時に、そこに刻まれた“魂”の記録でもあるのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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The Jam / Setting Sons (1979)
都市と階級を描く鋭利な視点、リリーホワイト的プロダクションとも共通。 -
New Model Army / Thunder and Consolation (1989)
社会と個人のはざまで葛藤するロックとしての精神性が近い。 -
The Smiths / Meat Is Murder (1985)
労働者階級の苦悩を詩的に描いた、別ベクトルの社会派ロック。 -
Manic Street Preachers / The Holy Bible (1994)
絶望と政治の交錯点を描いた、鋭く痛々しい英国ロック。 -
Simple Minds / Sparkle in the Rain (1984)
勇壮なギターサウンドとケルト的高揚感が響き合う同時代作。
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