1. 歌詞の概要
「St. Andrew’s Fall」は、Blind Melonが1995年にリリースした2ndアルバム『Soup』に収録された楽曲であり、アルバム後半に静かに置かれたこの曲は、死、喪失、そして自己破壊といったテーマに正面から向き合った、深く内省的な作品である。曲名の「St. Andrew’s Fall」は、サンフランシスコのセント・アンドリューズ・ホスピタルで実際に起きた“転落死”を暗示しているとも言われており、タイトルの「Fall」には“落下”と“堕落”の二重の意味が込められている。
楽曲全体を通じて語られるのは、ある女性がビルの屋上に立ち、生と死のあいだで葛藤する刹那的な姿。語り手はその様子を見つめながら、手を差し伸べることもできず、ただその存在に対する想いを巡らせる。明言されることなく進む物語は、シャノン・フーン特有の詩的曖昧さと観察眼によって描かれ、聴き手に深い余韻を残す。
2. 歌詞のバックグラウンド
「St. Andrew’s Fall」が収録されたアルバム『Soup』は、Blind Melonの音楽的進化と、シャノン・フーンの精神的苦悩が交差した作品である。1992年のデビュー作『Blind Melon』がカラフルでフォーキーな印象を与えたのに対し、『Soup』は格段にダークで実験的な内容を持っており、シャノンの内面世界が赤裸々に表現されている。
この曲は、彼の文学的志向が特に際立った作品であり、感情を直接的に吐露するのではなく、物語の背後に潜む感情を行間から滲ませる手法が取られている。楽曲の構成は、緩やかなテンポとミニマルな楽器編成を軸に進行し、全体として“時間が止まったような”空気感を醸成している。そこにフーンの囁くようなボーカルが重なることで、聴き手はまるで実際に屋上の風景を目撃しているかのような錯覚に陥る。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、楽曲の印象的な一節を抜粋し、英語と日本語訳を紹介する（出典：Genius Lyrics）：
She’s gonna fall from St. Andrew’s fall
They’ll never see her face again
「彼女はセント・アンドリューズの屋上から落ちていく
もう誰も、彼女の顔を見ることはないだろう」
She wears a pretty dress
But she never looks impressed
「彼女は綺麗なドレスを着ているけど
決して、満足そうには見えない」
このリリックが示すのは、「周囲からどう見えるか」と「内面にある空虚さ」のギャップであり、特に女性が抱える“外から見える美しさ”と“見えない苦しみ”との乖離を暗示している。美しさの裏に隠された絶望。それが誰にも気づかれないまま、最後の瞬間へと彼女を導いてしまう。
4. 歌詞の考察
「St. Andrew’s Fall」は、Blind Melonの中でもとりわけ詩的かつ映像的な楽曲である。シャノン・フーンはこの曲で、ある女性の転落をただ“悲劇”として描くのではなく、それを“静かな選択”として描いている。語り手は、彼女を救おうとしない。むしろ、その決断を遠くから見守るような視点に立っており、そこには“理解しようとする意思”と“何もできない無力さ”が同居している。
「落下」というモチーフは、ここでは単に肉体的な運動ではなく、精神的な“下降”あるいは“手放し”として機能している。そしてそれは、時に生きるよりも楽に思える“終わり”への欲望の象徴でもある。楽曲はその欲望を美化することなく、淡々と描くことで、逆にリスナーの心に深い引っかかりを残す。
また、彼女が“綺麗なドレスを着ている”にもかかわらず“無表情”であること、周囲がその変化に気づかないことは、社会的抑圧や感情の孤立がいかに不可視であるかを浮き彫りにしている。Blind Melonは、この曲を通して“見えない痛み”と“静かな崩壊”を、誰よりも詩的な方法で表現したのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Exit Music (For a Film) by Radiohead
死と逃避、愛と終焉が交錯する重層的バラード。 - Into Dust by Mazzy Star
美しさと脆さが紙一重で同居する、儚い音像を持つ楽曲。 - Fade Into You by Mazzy Star
“私”が誰かに溶けていくような、自我の崩壊を描いた幻想的な名曲。 - Eleanor Rigby by The Beatles
孤独に死んでいく“誰にも気づかれない存在”を描いた初期の心理的名作。 -
Needle and the Damage Done by Neil Young
自己破壊と依存を短くも鋭く描いたアコースティック・ドキュメント。
6. “見送るだけしかできない人々の詩”
「St. Andrew’s Fall」は、Blind Melonの中でも特に“沈黙”が大きな意味を持つ楽曲である。楽器の音数も少なく、シャノン・フーンの声は叫ぶことなく、ただ囁くように語られる。その距離感こそが、この曲の美しさであり、同時に残酷さでもある。
私たちは、時に誰かの“落下”を止めることができない。その瞬間、手を伸ばせずに、ただ見つめることしかできない存在になってしまう。「St. Andrew’s Fall」は、そうした無力さと悲しみを決して直接的に語ることなく、それでも確実に伝えてくる名曲である。
「St. Andrew’s Fall」は、沈黙のなかにしか語れない痛みを歌った、Blind Melonの精神性の頂点とも言える楽曲である。誰かを救えなかった記憶、自分自身が落ちていく感覚、あるいはその両方を経験したことのある人にとって、この曲は深く突き刺さる。そしてその傷口に、そっと寄り添うように鳴り響く。
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