発売日: 1995年8月15日
ジャンル: オルタナティブロック、フォークロック、アシッドフォーク、アバンギャルドロック
概要
『Soup』は、Blind Melonが1995年に発表した2枚目のスタジオ・アルバムであり、彼らの音楽的野心と混沌、そしてシャノン・フーンの危うい精神性が濃縮された問題作である。
前作のヒットで得た商業的成功を背景に、バンドは一切の妥協なく、よりアヴァンギャルドかつ自由な音楽表現へと突き進んだ。
プロデューサーにはAndy Wallace（Nirvana、Jeff Buckleyなど）を迎え、ルイジアナ州ニューオーリンズで録音。
この地のジャズ、ブラス、スワンプロックといった文化的土壌がアルバム全体に色濃く反映されており、Blind Melon独自のフォーキーかつファンキーなグルーヴが深化している。
しかし、本作リリースのわずか2か月後、フロントマンのシャノン・フーンがツアーバス内で薬物過剰摂取により急逝。
そのため『Soup』は、生前最後のスタジオアルバムとなり、彼の最期の“魂の記録”としても受け止められている。
全曲レビュー
1. Galaxie
重たいギターリフと語り口調のボーカルで始まるオープニング。
愛車フォード・ギャラクシーと、そこに象徴される喪失とノスタルジー。
混乱と愛着が入り混じる独白のような一曲。
2. 2 X 4
パーカッシブなアコースティックギターが心地よいブルース・フォーク。
「2×4」はシャノンがリハビリ施設にいた際のベッド番号に由来し、中毒と向き合う自虐的なリリックが胸を打つ。
3. Vernie
バラード的構成ながら不協和音を含むコード進行が特徴的。
シャノンの祖母に捧げた曲であり、死や老い、記憶が詩的に描かれている。
4. Skinned
バンジョーを使った不穏で異様に明るい短編ポップ。
歌詞の内容はエド・ゲイン（実在の連続殺人犯）についてで、“陽気なサイコフォーク”という奇妙な美学が炸裂する。
不謹慎と芸術性がギリギリで交錯している。
5. Toes Across the Floor
アルバム中でもっとも叙情的でメロディアスなナンバー。
幻覚と現実、思考の乱れを描いたリリックに、精巧な演奏が重なる。
静かな狂気と悲しみの余韻が残る佳曲。
6. Walk
中盤の静けさを司るスピリチュアルな楽曲。
キリスト教的なイメージも取り入れつつ、“歩く”という行為に内的再生を重ねる。
シャノンの声が最も穏やかに響く一曲。
7. Dumptruck
グランジ的な重さとダダイズム的な破壊衝動を融合した異色ナンバー。
人間の矛盾や社会への諦念が、暴力的な音とともに表現される。
8. Car Seat (God’s Presents)
車中での出産という題材を扱った、奇怪でメタファーに満ちた楽曲。
「神の贈り物」が“意図せぬ始まり”として登場する。
シャノンの詩人としての狂気が最も露わになった作品。
9. Wilt
内向的でメランコリックなアコースティック・ナンバー。
“枯れていく”というタイトルが示すように、生命の終わりと腐敗を静かに描いている。
10. The Duke
陽気なブラスセクションとジャズ調のグルーヴが混在するカオティックな曲。
ニューオーリンズの街そのものを体現するようなサウンドスケープが広がる。
アシッドなファンクロック。
11. St. Andrew’s Fall
自殺をテーマにしたバラードで、アルバム中もっとも暗く、美しい曲。
静かなイントロからドラマチックな展開へと至る構成が見事。
シャノンの声の“崩れそうで崩れない危うさ”が印象的。
12. New Life
娘の誕生に寄せた穏やかなバラード。
“新しい命”を見つめるまなざしと、そこに浮かぶ不安と希望の混在。
本作では数少ない“光”を持った楽曲。
13. Mouthful of Cavities
デュエット形式で進むサイケデリック・フォーク。
ローレン・ホフマンをゲストに迎え、カオスと美しさが入り混じった空間を作り出している。
シャノンの個人的な痛みが、最も詩的に昇華された瞬間。
総評
『Soup』は、音楽的にはBlind Melon史上もっとも豊潤で多様性に富んだ作品でありながら、精神的にはもっともギリギリの場所で生まれた“遺言”のようなアルバムである。
この作品はフォーク、ブルース、ジャズ、ファンク、サイケ、グランジ、オルタナのすべてを飲み込みながら、それらを統合せず、むしろ“混沌としての生命力”として提示している。
それゆえ、商業的には前作ほどの成功を収めなかったが、現在ではカルト的評価を得ているのも頷ける。
シャノン・フーンは、この作品を残して27歳で亡くなった。
だがこのアルバムには、彼が生きていた証と、それがどれほど特異な才能だったかが、全編にわたって刻まれている。
おすすめアルバム
- Neutral Milk Hotel / In the Aeroplane Over the Sea
狂気と純粋さの間で揺れる、90年代ローファイ・フォークの異端。 - Jeff Buckley / Grace
表現の幅とヴォーカルの繊細さが共鳴する“孤高の作品”。 - Jane’s Addiction / Ritual de lo Habitual
サイケデリックな混沌と構成の妙が共通する実験的ロック。 - Meat Puppets / II
カントリーとパンク、フォークの奇妙な融合。 - Mother Love Bone / Apple
華やかで破滅的なロックと詩的な死生観が交差する遺作的アルバム。
歌詞の深読みと文化的背景
『Soup』の歌詞は、シャノン・フーン自身の内面世界の断片、薬物依存、家族、社会への違和感、愛と死の近さが生々しく描かれている。
「Skinned」や「St. Andrew’s Fall」のように、明るい曲調に凄惨な主題を乗せる手法は、まさに90年代の“ポップに見せた闇”を象徴する。
1995年、グランジの熱狂が醒めつつある中、Blind Melonはフォークとサイケを混ぜた“自分たちだけの異世界”を音で構築した。
そしてその世界は、シャノンの死によって突然閉じてしまった。
だからこそ『Soup』は、あの瞬間にしか鳴らなかった音、語れなかった言葉を封じ込めたタイムカプセルなのだ。
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