
発売日: 2006年4月10日(国際)、2006年5月9日(米国)
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、フォーク・ロック、スピリチュアル・ロック
概要
『Songs from Black Mountain』は、アメリカのロックバンドLiveが2006年に発表した7作目のスタジオ・アルバムであり、エド・コワルチック(Ed Kowalczyk)在籍時代のラスト作として、重要な位置づけを持つ作品である。
前作『Birds of Pray』(2003)でスピリチュアルかつ政治的なメッセージを強めた彼らは、本作でさらに自然回帰的・内省的な方向へと進化。
“Black Mountain(黒い山)”というタイトルが示すように、アルバム全体には大地、時間、存在、信仰といった大きなテーマが静かに息づいており、
Liveらしい情熱は残しつつも、より静けさと温かさを纏ったトーンへと変化を遂げている。
本作はまた、バンドとして初めて全世界でユニバーサル・ミュージックよりリリースされたアルバムでもあり、
彼らがグローバルなリスナーに向けて“原点回帰”と“内なる探求”を表明した作品とも言える。
全曲レビュー
1. The River
オープニングを飾るのは、静かなイントロから情熱的なサビへと展開する象徴的な楽曲。
“川”は浄化、再生、時間の流れの比喩であり、「私を運んでくれ」という願いには、変化と受容の意味が込められている。
Liveらしい精神的な高揚感とナチュラルな音像が融合した一曲。
2. Mystery
本作のリードシングル。
アコースティック・ギターを中心に据えたシンプルなバラードで、「愛とは何か」「人生とは何か」という答えなき問いを、穏やかに、だが真摯に投げかける。
“神秘(Mystery)”そのものを受け入れるという姿勢が、アルバムの核を象徴している。
3. Get Ready
明るくポジティブなメロディに支えられたミッドテンポ・チューン。
歌詞には、準備は整った、新たな人生が始まる——という再出発のメッセージが込められている。
4. Show
よりロック寄りのアプローチで、情熱的なギターリフと躍動感あるリズムが特徴。
“自分自身をさらけ出す”というテーマが、力強く、しかしどこか脆さも感じさせるトーンで描かれる。
5. Wings
“翼”をテーマにした、軽やかで希望に満ちた楽曲。
Liveにしては珍しく、ほのかなポップ性と浮遊感が印象的で、内面の自由を象徴するような一曲。
6. Sofia
女性名を冠した美しく切ないバラード。
“Sofia”はギリシャ語で“知恵”を意味し、歌詞の内容も単なる恋愛の対象ではなく、精神的存在としての女性像を描いているように思える。
7. Love Shines (A Song for My Daughters About God)
タイトル通り、エド・コワルチックが自分の娘たちに贈った祈りの歌。
「愛は輝く、それは神の姿なんだ」というシンプルで力強いメッセージは、父親としての彼の一面とスピリチュアルな信念が交差する感動的な一曲。
8. Where Do We Go from Here?
自己と社会のはざまで揺れる問いを投げかける、内省的なロック・ナンバー。
音数を抑えたアレンジが、歌詞の哲学的な響きを際立たせる。
9. Home
「家とは何か?」を問うスロー・チューン。
物理的な場所ではなく、心の拠り所としての“Home”を探す旅路が描かれる。
疲れた魂を包むような温かさが滲み出ている。
10. All I Need
愛する人に向けたメッセージソングで、親密なトーンとメロウなアコースティック・サウンドが融合。
「あなたがいれば他に何もいらない」というテーマが、等身大で率直な表現に昇華されている。
11. You Are Not Alone
リスナーに直接語りかけるような励ましの歌。
孤独を抱える人々への共感と、温かいエールが込められた一曲で、Liveの“癒しのロック”としての側面が際立っている。
総評
『Songs from Black Mountain』は、Liveというバンドのキャリアの中でも最も静かで、最も優しいアルバムである。
前作までの宗教的象徴や怒り、スケール感を持った政治的なメッセージから一歩引き、
“個人の祈り”や“日常の感謝”といった、より身近で深いテーマに耳を傾けるような構成になっている。
これはLiveにとっての“癒しの時代”とも呼ぶべきフェーズであり、コワルチックのボーカルもシャウトや激しさを抑え、むしろ柔らかく語りかけるような歌唱が中心。
サウンドもアコースティック主体で、有機的でナチュラル。
一方で、ファンの間では「パンチに欠ける」「保守的になった」との評価もあり、賛否が分かれる作品でもある。
しかし、現代的なロックが常に刺激や怒りを必要とするのではなく、静かな信仰、家族、愛といった“持続する力”に目を向けた作品が必要であることを、本作は静かに教えてくれる。
Liveが一貫して信じてきた“魂の音楽”というテーマを、最も穏やかな形で提示した、ある意味でスピリチュアル・ロックの終着点とも言える作品である。
おすすめアルバム
- Coldplay『Parachutes』
静かな感情の起伏と優しさに満ちたポップロック。サウンドの質感も近い。 - R.E.M.『Reveal』
日常と精神性を淡く繋ぐ、ポジティブでメロディアスな作品。 - Counting Crows『Saturday Nights & Sunday Mornings』
感情の爆発と沈静の両面を扱う、バランス感覚あるロックアルバム。 - Glen Hansard『Rhythm and Repose』
祈るような歌唱と、静かな情熱が重なるアコースティック・ソロ作。 - Ben Harper『Diamonds on the Inside』
愛、信仰、家族、自由といったテーマをオーガニックなロックで描いた作品。
歌詞の深読みと文化的背景
『Songs from Black Mountain』は、9.11以後のアメリカ、戦争の長期化、社会的疲弊といった文脈の中で、
Liveが選んだ“答え”であり、それは闘争ではなく、静かな祈りと家族への回帰であった。
“ブラック・マウンテン”という自然の象徴のもと、
バンドは信仰や愛の本質を、日々の暮らしの中に探し始める。
それは、かつて“世界の救済”を叫んだバンドが、“小さな救い”に目を向けた転換点だったのだ。
この作品は、その穏やかな歩みの記録として、そして“声を荒げずとも心を揺らす”アルバムとして、今なお美しく響いている。
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