
1. 歌詞の概要
「Something in My House」は、Dead or Aliveが1986年に発表した3rdアルバム『Mad, Bad and Dangerous to Know』からのシングルであり、彼らの楽曲の中でもひときわ異彩を放つ“ゴシック・ディスコ”とも呼ぶべき作品である。UKチャートでは12位を記録し、グループの人気を確固たるものとする一方で、サウンドや歌詞の面ではこれまで以上に“ダーク”で“演劇的”な表現が追求されている。
この曲の語り手は、自分の家の中に「何か」が潜んでいると感じている。しかしその“何か”は明確には語られず、愛の残り香か、失った者の亡霊か、あるいは過去の自分自身の影かもしれない。歌詞全体は、超自然的な不安と恋愛の残像が重なり合う、きわめて情緒的なスペクタクルとなっている。
“Something in my house”という反復的なラインは、不在と存在のあいだに揺れる感覚、つまり“もういないはずなのに、まだそこにいる”という不気味なリアリズムを掘り起こす。恋人を失ったあとの“空間”に残された気配を、ゴシック的象徴性とポップの構造美で語り尽くした、異形のラブソングである。
2. 歌詞のバックグラウンド
Dead or Aliveの中心人物、ピート・バーンズは、いつも極端で演出過剰なポップの枠内で、逆に真実味のある感情を表現していたアーティストである。「Something in My House」はその美学が最も色濃く表れた一曲であり、ディスコのビートを保持しながらも、オルガン、重たいシンセ、演劇的なスキャットといった要素を導入し、クラブとカタコンベが交差するような音世界を構築している。
この曲は、SAW(Stock Aitken Waterman)によるプロデュース作品としては珍しく、明確に“暗さ”を持った作品であり、バーンズがこの時期、自身の恋愛や家庭の問題、メディア露出によるストレスなどに晒されていた背景とも無縁ではない。
また、当時のゴシック・カルチャー、ニュー・ロマンティック、そして80年代のホラー映画文化(たとえば『ポルターガイスト』や『ヘルレイザー』)などからも明らかに影響を受けており、「Something in My House」はDead or Alive流の**“心霊ロマンス”**であると同時に、時代そのものの感情風景を映し出す鏡でもあった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Something in My House」の象徴的なラインを抜粋し、日本語訳を添える。
I hear voices whisper on the stairs
→ 階段のあたりから、ささやき声が聞こえてくるI see shadows dancing everywhere
→ あちこちで影が踊っているのが見えるんだThere’s something in my house
→ 僕の家には、何かがいるIt’s just a feeling in my heart
→ それは、心の中の“気配”に過ぎないのかもしれないYou left me, but you’re still here somehow
→ 君はもういないはずなのに、なぜかまだここにいる
引用元:Genius Lyrics – Dead or Alive “Something in My House”
このように、歌詞は現実と幻覚、物理と心理のあいだを曖昧に漂いながら、聴き手の想像力に強く訴えかけてくる。
4. 歌詞の考察
「Something in My House」が素晴らしいのは、それが単なるホラー的演出ではなく、“感情の残像”を視覚化した作品として成立している点である。
愛する者が去ったあと、その人の存在だけでなく、その人と過ごした時間、声、香り、気配――それらが空間に染みついて離れない感覚。これは誰もが経験しうる“感情の幽霊”であり、この楽曲はその“見えない存在”を可視化するための装置として機能している。
また、“something”という言葉の使い方も巧妙である。名指しできないことで、むしろ聴き手自身の「失ったもの」や「まだ忘れられない何か」を投影できる余白を作り出している。ピート・バーンズの声は、そうした“名づけられない悲しみ”を優雅に、しかし決して軽くはなく歌い上げる。
そしてこの楽曲の構造自体が“心霊体験”に似ている。ダンサブルでありながらどこか不穏で、反復的なサビはまるで執念のように響く。これは単なるポップソングではなく、“感情の迷宮”を踊らせる儀式なのである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Bela Lugosi’s Dead by Bauhaus
ポストパンクとゴシックの原点。死と存在の美学を音で表現した名作。 - The Killing Moon by Echo & the Bunnymen
運命と神秘が交錯するゴシック・ロマンスの代表曲。 - Mad World by Tears for Fears
世界への違和感と孤独を静かに語りかけるニューウェーブの名曲。 - Sweet Dreams (Are Made of This) by Eurythmics
機械的なビートと不穏な欲望が交錯するエレクトロ・ポップの傑作。 - It’s a Sin by Pet Shop Boys
宗教的罪悪感と愛欲の交錯を、エレガントに描いた名曲。
6. “感情の亡霊”と共に踊るためのポップ・エレジー
「Something in My House」は、Dead or Aliveというバンドの中でも特に**“影”を前景化させた作品**であり、ピート・バーンズがその存在感を存分に発揮したゴシック・ディスコの傑作である。
それは、華やかで煌びやかな表面の下に、“語られなかった別れ”“見えない傷”“帰ってこない誰か”が静かに棲みついていることを認めたうえで、その気配と一緒に生きていこうとする、優雅で力強い試みでもある。
この曲は、部屋にひとり残された時、ふと何かの気配に心がざわつく瞬間に寄り添ってくれる。
それは過去ではなく、現在の感情の反映として――
「Something in my house」というフレーズが、あなたの中の“何か”を呼び起こすそのとき、この曲は単なる音楽ではなく、“あなたの感情の部屋”そのものになるのだ。
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