発売日: 2008年9月30日
ジャンル: R&B、ソウル、ファンク、ポップ
概要
『Something Else』は、Robin Thickeが2008年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、前作『The Evolution of Robin Thicke』で築いたソウル・シンガーとしての評価をさらに深化させた作品である。
本作は、70年代のクラシック・ソウルやモータウン、フィリー・ソウルの美学を全面的に取り入れながらも、現代的なプロダクションと甘美なバラードで彩られており、「現代のホワイト・ソウルマン」としてのThickeのスタイルを決定づけた。
政治的なテーマ(「Dreamworld」など)と私的な愛の告白(「The Sweetest Love」など)をシームレスに往復する構成は、彼が単なるセクシーなラブソングの書き手ではなく、より成熟した視座を持つ表現者であることを示している。
アルバムは全体的に温かく、メロウで、豊かなストリングスと生音が支配する――まさに「別物(Something Else)」という名にふさわしい上質な作品となっている。
全曲レビュー
You’re My Baby
ヴィンテージ・ソウルの香り漂う軽快なオープナー。
ファルセットとリズムギターの絡みが絶妙で、スティーヴィー・ワンダー的な温かみを持つ。
愛する人へのまっすぐな賛歌としてアルバムの幸福な空気を導く。
Sidestep
ファンク色の強いダンサブルなトラック。
社会やルールから一歩“脇へそれる”ことの自由を歌った、スウィンギーなメッセージソング。
ホーンの使い方やクラビネットのグルーヴが心地よい。
Magic
本作の代表曲のひとつ。
弦楽器と跳ねるビートを取り入れたスムースなミッドテンポで、「君の愛が僕を癒す」というメッセージを軽やかに届ける。
シックで洗練されたサウンドは、ブラック・コンテンポラリーの正統的進化系。
Ms. Harmony
学校の音楽の先生に恋をするという、ユニークで詩的なラブソング。
“ハーモニー”という音楽用語がメタファーとして使われており、歌詞とメロディが巧みに重なる。
Dreamworld
理想の世界を夢見るという政治的かつ内省的なナンバー。
「黒人と白人が平等に暮らし、戦争もない」という平和への希求が込められており、Martin Luther Kingの思想を感じさせるような構成。
美しいストリングスとThickeの真摯な歌声が深く響く。
Loverman(feat. Lil Wayne)
セクシュアルなムード漂うスロウ・ジャム。
Lil Wayneのラップが妖艶な空気を加えつつ、Thickeのボーカルが全面に出たソウルフルな構成。
ギターとムーディなベースラインが絶妙に絡む。
Hard on My Love
愛しすぎて苦しい、という切なさを描いたバラード。
情熱と脆さの混在が歌詞にもメロディにも反映されており、ソウル・バラードとしての完成度が高い。
The Sweetest Love
アルバム最大のラブバラード。
ピアノとストリングスが織り成す美しい背景に、Thickeのファルセットが柔らかく溶け込む。
甘く、穏やかで、どこまでもロマンティックな楽曲。
Something Else
タイトル・トラックにして、アルバムの世界観を象徴する1曲。
「君は他の誰とも違う、“何か特別な存在”」という愛の言葉が、落ち着いたアレンジとともに優しく響く。
Tie My Hands(feat. Lil Wayne)
Hurricane Katrinaの被災をテーマにした強烈なメッセージソング。
「手を縛られていては何もできない」と歌うこの曲は、社会的怒りと無力感を同時に描き出している。
Lil WayneのパーソナルなラップとThickeのソウルフルなコーラスが融合し、最も深い感情的インパクトを持つ楽曲の一つ。
総評
『Something Else』は、Robin Thickeが持つソウル・ミュージックへの深い敬意と、洗練された現代的な音楽センスが見事に調和したアルバムである。
前作『The Evolution of Robin Thicke』が内省と情熱を融合させた作品だったとすれば、本作はその延長線上で「音楽と社会」「愛と理想」「娯楽と思想」といった複数の軸をバランスよく交差させる成熟した内容となっている。
Thickeのファルセットと作曲センスは本作で円熟の域に達しており、ポップさとクラシックソウルの間を軽やかに行き来している。
政治的な問題を背景に持つ曲がある一方で、甘く流れるラブバラードもしっかりと存在感を示しており、そのバランス感覚がアルバム全体の完成度を引き上げている。
『Something Else』という言葉が示すように、この作品は「どこか違う」――洗練、誠実、そして何よりも美しく、穏やかな光を放つR&Bアルバムである。
おすすめアルバム(5枚)
- Raphael Saadiq / The Way I See It
60〜70年代のソウルに現代の洗練を加えた傑作。Thickeと同じく“過去と今”を繋ぐアーティスト。 - John Legend / Once Again
ピアノとソウル、愛と祈りが重なる洗練されたバラード群。温かさと深みが共鳴。 - Alicia Keys / As I Am
R&Bとクラシカルなソングライティングの融合。ロマンティックで芯のある表現が似ている。 - Marvin Gaye / I Want You
愛とセクシャリティを洗練されたサウンドで表現したソウルの古典。Thickeのスタイルの源流。 - Maxwell / BLACKsummers’night
現代R&Bの傑作。ファルセット、ストリングス、エロティシズムの繊細なバランスがThickeと響き合う。
歌詞の深読みと文化的背景
『Something Else』の歌詞には、恋愛の甘さだけでなく、人種問題、格差、災害といった社会的課題への意識が随所に滲んでいる。
特に「Dreamworld」や「Tie My Hands」では、理想と現実、希望と無力感という対立を正面から見据え、Thickeの表現者としての成熟が強く感じられる。
また、「The Sweetest Love」や「Magic」では、個人の小さな幸せや、恋人との関係性に光を当てており、その対比がアルバム全体に希望と浄化の空気をもたらしている。
クラシックなソウルへのリスペクトに現代のメッセージを溶け込ませる手腕は、単なる懐古主義ではなく、“ソウルミュージックの今”を提示する試みとも言える。
『Something Else』は、その名のとおり、「ただのラブソング・アルバムではない」。
それは、ロマンティックでありながら、現実に対して目を逸らさないソウル・ミュージックの良心なのである。
コメント