発売日: 2010年11月8日
ジャンル: ポップ・ロック、アコースティック、ポップ
概要
『Some Kind of Trouble』は、James Bluntが2010年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、それまでの内省的でメランコリックな作風から一転し、より明るくポジティブなトーンが前面に出た作品である。
前作『All the Lost Souls』までのJames Bluntは、“戦場帰りの詩人”“儚い愛を歌う男”というイメージが強く、楽曲も切なさや痛みを伴うバラードが中心であった。
しかし本作では、アップビートなポップ・ロック、希望に満ちた歌詞、そして恋愛における「始まり」や「楽しさ」が描かれており、まるで別人のように新鮮なJames Blunt像が提示されている。
プロデュースには、Greg Kurstin(Lily Allen、Katy Perry)などを迎え、ポップ色の強い洗練されたアレンジがなされている。
一方で、あくまでJames Bluntらしい叙情性とメロディの繊細さは維持されており、“光の中で語られる感情”という新しい語り口を開拓したアルバムでもある。
全曲レビュー
Stay the Night
リードシングルにして、キャリア初の本格的なラブソング・ポップアンセム。
グラミー受賞プロデューサーSteve Robsonとの共作で、カリフォルニアの海辺を思わせる開放感が魅力的。
「今夜は帰らないで」と軽やかに誘うリリックは、これまでのBluntの陰影を打ち破る爽快な転機となった。
Dangerous
恋のスリルと魅惑を描いたミッドテンポのナンバー。
グルーヴ感あるベースラインと、セクシーな雰囲気のヴォーカルが新たな一面を見せる。
「君は危険な存在だけど、やめられない」という歌詞がポップに響く。
Best Laid Plans
恋愛のすれ違いや未達の夢について語る、センチメンタルなバラード。
「どんなに計画しても、うまくいかないことがある」という“人生のほろ苦さ”を、柔らかく包み込むようなメロディに乗せている。
Bluntの原点に近い、穏やかで感傷的なナンバー。
So Far Gone
静かなギターのアルペジオから始まり、徐々に広がりを見せるエモーショナルな楽曲。
失われた関係の距離感を「遥か彼方に行ってしまった」と歌う。
コーラスでの盛り上がりが、過去作以上に劇的な情感を呼び起こす。
No Tears
別れを受け入れたあとでの解放を描いた楽曲。
「もう涙は流さない」と前向きに締めくくる歌詞は、James Bluntの新たな“回復と肯定”のメッセージとも読める。
アップテンポながらもしんみりとした余韻を残す構成。
Superstar
やや皮肉めいた歌詞で“有名人志望者”を描いたミディアム・ポップ。
一見キャッチーなメロディだが、裏にはショービジネスの表と裏への洞察が感じられる。
ポップな装いの中に批評性が潜む楽曲。
These Are the Words
日常の中で伝えきれない思いを、ストレートに「言葉」に託すバラード。
シンプルなピアノとストリングスが、メッセージの純度を際立たせる。
告白のようでいて、どこか手紙のような丁寧さがある。
Calling Out Your Name
遠くにいる誰かを想う曲で、Blunt特有のロマンティシズムがよく表れている。
「心の中で名前を呼び続けている」という表現は、孤独と希望を同時に含んでいる。
リズム感ある構成で、ライブ映えもしそうな一曲。
Heart of Gold
相手の純粋さに触れた驚きと喜びを歌った温かなラブソング。
フォーク調のサウンドとコーラスが穏やかに広がる。
“優しさ”が主題となる希少なポップ・ナンバーとして好印象を残す。
I’ll Be Your Man
まるでアメリカン・ロックのようなノリを持つ異色曲。
セクシャルな表現も交えつつ、女性に対して「頼れる男になる」と宣言する内容。
James Bluntとしてはかなり大胆な挑戦を感じさせる曲調。
If Time Is All I Have
アルバム中もっともエモーショナルなピアノバラードで、別れを前にした恋人への切なる願いが綴られている。
「もし僕に残されたのが時間だけなら、それを君にすべて捧げたい」という一節が象徴的。
静かながら心に深く残る。
Turn Me On
アルバムのクロージングを飾る、ファンキーで軽快なナンバー。
性的なニュアンスも含みつつ、最後まで明るいトーンで締めくくる。
Bluntの“ポップスター”としての遊び心を見せた終曲。
総評
『Some Kind of Trouble』は、James Bluntが過去2作の“内省と憂い”から抜け出し、“陽”のエネルギーを取り戻そうとした意欲作である。
音楽的には、フォークやバラード中心だったサウンドにポップロックの要素が強く導入されており、Greg KurstinやSteve Robsonといった敏腕プロデューサーとの協働によって、よりラジオ・フレンドリーな作品となっている。
リリックにおいても、「別れの涙」から「出会いの喜び」へ、「喪失の痛み」から「再出発の軽やかさ」へと、全体のトーンが大きく変化しており、これはJames Blunt自身の心境の変化を反映したものでもある。
ただし、それは単なる“明るさ”ではなく、“過去を受け入れた上での前進”であり、彼のキャリアにおける重要な通過点でもある。
『Some Kind of Trouble』は、再生と変化の物語として、James Bluntの多面的な魅力を引き出した、ポジティブで親しみやすいポップ・アルバムである。
おすすめアルバム(5枚)
- Colbie Caillat / Breakthrough
同様に「癒し」と「前向きさ」が共存するポップ作品。穏やかなサウンドが共鳴する。 - Jason Mraz / Love Is a Four Letter Word
前向きな愛の表現とアコースティックな音作りが、Bluntの本作と非常に相性が良い。 - James Morrison / Songs for You, Truths for Me
ソウルフルで温かみのあるポップ。失恋からの回復というテーマも共通。 - Gavin DeGraw / Sweeter
ロック寄りのポップながら、恋愛と人生へのポジティブなまなざしが似ている。 - The Script / Science & Faith
感情に寄り添う歌詞とドラマチックな構成で、Bluntと同じ“心に残るポップ”を展開。
ビジュアルとアートワーク
本作のジャケットは、カラフルなキャンディ・ピンクを基調にしたガーリーな雰囲気と、無邪気な少女のポートレートが用いられており、これまでのJames Blunt作品とは一線を画すポップな印象を与える。
このジャケットは、まさにアルバムのテーマである「ポジティブな混乱(Some Kind of Trouble)」や「無邪気な冒険心」を視覚的に象徴しており、聴覚と視覚の両面で、彼の変化を明確に印象づけている。
つまり、“何かが始まりそうな予感”に満ちたデザインなのである。
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