Solsbury Hill by Peter Gabriel(1977)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

「Solsbury Hill」は、元Genesisのリードシンガーであるピーター・ガブリエルのソロデビューシングルとして1977年に発表された楽曲であり、彼のアーティストとしての再出発を象徴する作品です。イングランドのバース近郊に実在する「ソールズベリー・ヒル(Solsbury Hill)」という場所を舞台に、ガブリエルは内面的な変化と自由への憧れを描いています。歌詞は一見すると幻想的で謎めいた語り口ですが、実際にはGenesis脱退という大きな決断を経た彼自身の葛藤、孤独、そして自由を求める精神を象徴しています。

楽曲の中で「心の声」が彼に語りかける場面や、既存の枠組み(=バンドや過去のキャリア)を捨てて新しい人生に踏み出す場面などが描かれており、それはまるで一種の「啓示」や「目覚め」のようなプロセスです。ロマンチックでスピリチュアルなトーンと、ガブリエル特有の知的で詩的な言葉選びが印象的で、聴く者に深い感動とインスピレーションを与える楽曲となっています。

2. 歌詞のバックグラウンド

1975年、ピーター・ガブリエルは自身が創設したプログレッシブ・ロックバンドGenesisを脱退します。当時のGenesisは非常に成功を収めており、特に彼の演劇的なステージパフォーマンスはバンドのアイデンティティの中核を担っていました。そんな中での突然の脱退は音楽界に大きな波紋を呼びましたが、ガブリエルにとっては家族との時間や自身の創作の自由を求めるための避けがたい選択でした。

「Solsbury Hill」は、脱退後初のソロアルバム『Peter Gabriel(Car)』に収録されており、その中でも最も自伝的な意味合いが強い曲です。彼が実際にソールズベリー・ヒルを訪れた際の体験が歌詞の中に投影されており、空想的な語り口の背後には現実的な決断と感情の揺れが潜んでいます。ガブリエルはこの曲を通じて、自らの人生における転機を音楽として記録し、聴き手と共有しているのです。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は「Solsbury Hill」の印象的なフレーズの一部抜粋とその和訳です。英語歌詞の引用元は Genius より参照しています。

“Climbing up on Solsbury Hill, I could see the city light”
ソールズベリー・ヒルを登りながら、街の灯りが見えた

“Wind was blowing, time stood still”
風が吹き抜け、時間が止まったかのようだった

“He said, ‘Grab your things, I’ve come to take you home’”
「荷物を持て、君を家に連れて帰るために来た」と彼は言った

“My heart going boom boom boom, ‘Son,’ he said, ‘Grab your things, I’ve come to take you home’”
心臓がドクドクと高鳴る中、「息子よ、荷物を持て。君を連れて帰るために来た」と彼は言った

“To keep in silence I resigned. My friends would think I was a nut”
沈黙を守ることにした。友人たちは僕を狂っていると思うだろう

“So I went from day to day, though my life was in a rut”
日々をなんとなくやり過ごしていた。人生は行き詰まりを感じていた

4. 歌詞の考察

この楽曲は一人称の語り手が神秘的な存在(または内なる声)と出会う場面から始まります。ソールズベリー・ヒルという実在の丘は、ガブリエルにとって現実から一時的に距離を取り、心の声と向き合う象徴的な場所となっています。その頂上で語り手は、何か霊的な、あるいは直感的な「呼びかけ」を受け取り、そこから人生の転機が始まるのです。

「荷物を持って帰ろう」という言葉は、単なる帰宅を意味するのではなく、「本当の自分に戻る」という象徴的な意味を持ちます。自分を縛りつけていた過去の役割や世間的な成功に別れを告げ、未知の自由へと向かう決意。これはピーター・ガブリエルのGenesis脱退と完全に重なります。

また、歌詞の中には自己否定や葛藤も見え隠れしています。「友達は僕を狂っていると思うだろう」という部分は、世間の期待に逆らう決断を下す際の孤独感を描写しており、非常にリアルです。彼はその孤独を受け入れつつも、最終的には「自分の心臓の鼓動(boom boom boom)」に従うという選択をする。これは創作や人生において非常に重要なメッセージであり、自己の直感を信じることの力を示しています。

音楽的にも、6/4拍子という変則的なリズムが不安定ながらも軽やかな浮遊感をもたらし、まさに「一歩踏み出す」ような感覚をリスナーに与えます。ギターのアルペジオが繊細に響き、語り手の心のざわめきを反映しているかのようです。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Here Comes the Flood” by Peter Gabriel
    同じくガブリエルのソロ初期作で、世界の終末と再生を描くドラマチックな一曲。
  • “Book of Love” by Peter Gabriel(カバー)
    ガブリエルの深い声と感情表現が美しい、The Magnetic Fieldsのカバー。内省的で穏やかな情感を持つ。
  • “Mother of Violence” by Peter Gabriel
    Peter Gabriel II』より。家庭や愛、恐れを内省的に描いたバラード。
  • “Us and Them” by Pink Floyd
    スピリチュアルな雰囲気と社会的メッセージが交差する、静かで重厚な一曲。
  • The Sound of Silence” by Simon & Garfunkel
    孤独と内省、静けさの中に潜む決意を描いたフォークの名曲。

6. 音楽と人生の「再出発」の象徴として

「Solsbury Hill」は単なるソロデビュー曲ではなく、ピーター・ガブリエルの人生における一つの章の終わりと、新たな章の始まりを告げる決意表明でした。Genesisという巨大な成功を捨て、自分自身の道を歩み始めるという選択は容易なものではありませんでしたが、その困難なプロセスを詩的に、かつ普遍的なメッセージとして昇華させたこの楽曲は、音楽ファンのみならず、多くの人々の「人生の選択」の象徴としても語り継がれています。

キャリアの中で何かを捨てる勇気、自分の直感に従う決意、そして新しい世界へ踏み出す一歩——それをこんなにも優しく、しかし芯のある形で描いた楽曲は多くありません。聴く者の心に静かに、けれど確実に届く名曲です。

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