アルバムレビュー：Skylarking by XTC

発売日: 1986年10月27日（UK）
ジャンル: アートポップ、サイケデリック・ポップ、バロック・ポップ

概要

『Skylarking』は、XTCが1986年に発表した9作目のスタジオ・アルバムであり、彼らの音楽キャリアの中でも最も評価の高い、いわば“コンセプト・アルバムの金字塔”である。
プロデューサーには当時トッド・ラングレンを迎え、パートリッジとラングレンの緊張関係のなかから、奇跡的に完成された一枚となった。

本作は、イギリスの田園的感性とアメリカのサイケ／ポップ文法が融合した、人生のサイクル（誕生、恋愛、セックス、死）を象徴的に描いた作品であり、連続した楽曲群が一つの流れとして機能する。
タイトルの“Skylarking”は、鳥（ヒバリ）のさえずりや、気まぐれな遊び心、あるいは自由な青春を示唆する語であり、本作全体を貫くテーマともなっている。

また、後年の再発盤ではシングル「Dear God」が追加収録され、宗教への疑念を描いたその内容が物議を醸しつつも、XTCの思想的深度を示す象徴となった。

音楽的には、ビートルズやビーチ・ボーイズ、ローラ・ニーロといった60年代のポップ美学に根ざしながらも、80年代的プロダクションと感性で再構築されており、サイケデリック・ポップの再興とも言える作品である。

全曲レビュー

1. Summer’s Cauldron

虫の声や自然音から始まる導入曲で、“夏の坩堝”という情熱と倦怠の象徴的タイトルが全体の季節感を決定づける。
官能と恍惚がゆるやかに混ざり合うサウンドスケープ。

2. Grass

草原、性愛、ノスタルジアをテーマにしたモールディングの楽曲。
曖昧で多義的な“Grass”の語感が、思春期の官能と自然回帰を同時に描き出す。

3. The Meeting Place

工場の鐘とともに始まるノスタルジックなポップソング。
恋の芽生えを描いた甘く切ないメロディが、英国的郷愁を誘う。

4. That’s Really Super, Supergirl

スーパーヒロインとの恋愛を戯画化したユーモラスな一曲。
軽妙なアレンジと皮肉な語りがパートリッジらしいポップ批評となっている。

5. Ballet for a Rainy Day

雨の日の憂鬱と優しさを、美しく折り重なるメロディで描いた静謐な楽曲。
“スカイラーキング”の中でも特に叙情的な瞬間。

6. 1000 Umbrellas

ストリングスと語りの融合が印象的な、失恋のバロック・ポップ。
“千本の傘”という比喩が過剰なまでの悲しみを詩的に象徴している。

7. Season Cycle

季節の移り変わりと生死の巡りを明快なポップソングで表現。
ビーチ・ボーイズを彷彿とさせるコーラスワークが本作の要。

8. Earn Enough for Us

“生活費を稼ぐ”という庶民的主題を、力強いギターと切実な歌詞で展開。
ポップでありながら現実的、労働者階級の恋を描いた名曲。

9. Big Day

結婚という儀式の空虚さと誇張を風刺するモールディング曲。
“ビッグデイ”が皮肉に響く構成が、アルバム後半の転調を予感させる。

10. Another Satellite

禁じられた恋、あるいはストーカー的視線を描いたサイケデリックな一曲。
緊張感のあるアレンジと語り口がアルバムに暗い影を落とす。

11. Mermaid Smiled

幻想的なコードと海洋モチーフが織りなす叙情詩。
“人魚の微笑み”というイメージが儚く浮かび上がる。
※初期US盤では未収録、後の再発で復活。

12. The Man Who Sailed Around His Soul

ジャズ風のアレンジと“内なる航海”という主題が光るアートポップ的逸品。
自意識と孤独の交差点を描く、哲学的内容の濃いトラック。

13. Dying

“死”を静かに、しかし執拗に描いた短編スケッチ。
シンプルなギターと歌声が恐ろしいほどにリアルな余韻を残す。

14. Sacrificial Bonfire

“生贄の焚き火”という象徴的タイトルのもと、アルバムを締めくくる儀式的楽曲。
死と再生、循環と儀礼が混じり合うフィナーレは、XTCの神話的側面すら感じさせる。

[Bonus] Dear God

神に宛てた手紙形式で宗教への懐疑と怒りを表明した問題作。
シンプルなアコースティック・サウンドと強烈なリリックが聴き手を試す。
初出時はB面曲だったが、後にA面へ昇格するほどの反響を得た。

総評

『Skylarking』は、XTCがポップミュージックという形式を借りながら、人生・自然・性愛・死といった根源的なテーマを、寓話的かつ詩的に描き切った一大コンセプトアルバムである。
その構成力はアルバム単位での芸術性を希求した60年代の流れを受け継ぎながらも、80年代という時代のモダンさを失っていない。
トッド・ラングレンとの確執を超えて完成されたそのサウンドは、奇跡的な調和と緊張を宿し、現在でもXTCの最高傑作として語り継がれている。

また、ジャンルを越えた影響力を持ち、The Flaming Lips、Of Montreal、Beck、さらには日本のCorneliusらにも多大なインスピレーションを与えた。
“ポップであることの崇高さ”と“構造美への執着”が同居する『Skylarking』は、時代を超えて再生され続ける永遠のアートポップ・アルバムである。