
1. 歌詞の概要
「Six Bells Chime」は、オーストラリア出身のポストパンク/ゴシック・ロック・バンド、**Crime & the City Solution(クライム・アンド・ザ・シティ・ソリューション)**が1986年にリリースしたEP『Room of Lights』の中でも、最も象徴的かつ叙情的なナンバーであり、バンドの美学と精神性を凝縮したような楽曲である。
この曲はタイトルにある「六つの鐘(Six Bells)」が、時刻や死、運命の予兆を象徴しており、**“時”が運命や罪、再生を告げる存在として、静かにしかし圧倒的な力で鳴り響く”**という構図が展開される。
歌詞は一見抽象的で、物語の骨格は断片的だが、その分、視覚的なイメージと感覚の断片が、聴き手の中でひとつの“終末的情景”を形作っていく。
光と影、悔恨と祈り、生と死――そうしたテーマが錯綜するなか、詩的な言葉と荘厳なサウンドが、神秘と虚無を孕んだ“内なる荒野”を描き出していく。
2. 歌詞のバックグラウンド
Crime & the City Solutionは、同じくオーストラリア出身のバンドであるThe Birthday PartyやNick Cave & the Bad Seedsと深い関係を持つアーティストで、特に**フロントマンのサイモン・ボナー(Simon Bonney)**は、ニック・ケイヴと並び称される詩的表現力の持ち主である。
「Six Bells Chime」が作られた1986年当時、バンドは西ベルリンに拠点を移し、冷戦下の退廃的な都市風景や、東西に引き裂かれた政治的緊張感のなかで創作活動を行っていた。
そうした背景は、歌詞における“廃墟感”や“時の崩壊”、“告解と赦し”といったモチーフに色濃く反映されており、荒涼とした都市に響く“鐘”が鳴るたびに、時の不可逆性と魂の歪みが強調されていく。
この曲は、ヴィム・ヴェンダース監督の映画『ベルリン・天使の詩(Der Himmel über Berlin, 1987)』の中でも象徴的に使用されており、そのモノクロの映像世界と完璧に融合したことで、“神の視点から地上を見つめる音楽”として強烈な印象を残した。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“Six bells chime / And the room is filled with light”
六つの鐘が鳴る
すると部屋は光で満たされる“I see the face of a man / His head bent low”
うつむいた男の顔が見える“The fire in the air / The silence of his prayer”
空気には炎が立ち上り
その祈りは沈黙の中にある“And the sky turned black / Before he could speak”
彼が声を出すよりも早く
空は黒く染まっていた“Then the bells chimed again”
そしてまた 鐘が鳴った
引用元:Genius(非公式)
4. 歌詞の考察
この歌詞において重要なのは、“鐘”が持つ意味である。鐘の音は、伝統的には時刻や儀式、死や再生、啓示を告げる象徴であり、「六つの鐘」が鳴るたびに、空間や時間、意識の状態そのものが劇的に変化する。
それは聖と俗、希望と絶望、内なる祈りと外部の破滅が交錯する“転換点”として機能している。
歌詞に登場する男の姿は、罪を背負いながら赦しを求める者にも、あるいは未来を知ってしまった“預言者”のようにも映る。
彼が祈るのは言葉ではなく“沈黙”であり、それは神なき時代における信仰や道徳の崩壊と、なおそこに立ち尽くす人間の矛盾と痛みを象徴している。
また、「空が黒くなる」というイメージには、世界の終わりを告げるような宗教的終末観や、精神の崩壊を暗示する神話的な感触がある。
そしてそれが過ぎてもなお、“また鐘が鳴る”。つまり、世界は終わっても、人はまたそこに戻される――それは永遠の赦しのない輪廻のようにも読める。
音楽が進行するごとに、まるで“意識の深層”に沈んでいくような構造を持ち、聴き手は知らず知らずのうちに、自身の“祈りの不在”や“再生なき再生”と向き合うことになる。
この詩の美しさは、明確な意味を拒絶しつつも、イメージの強度と音の演出によって、ひとつの内的体験を成立させてしまうところにあるのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “The Carny” by Nick Cave & The Bad Seeds
死と運命を寓話的に描いた、音と詩の神秘劇。 - “Some Velvet Morning” by Lee Hazlewood & Nancy Sinatra
神話と幻想が交差する奇妙なデュエット。 - “Tender Prey” by Nick Cave & The Bad Seeds
苦悩と神への呼びかけが入り混じるポストパンクの祈祷詩。 - “Exorcism” by Killing Joke
魂の浄化と怒りをサイケデリックなグルーヴに変えた攻撃的名曲。 - “Wings of Desire Theme” by Jürgen Knieper
『ベルリン・天使の詩』の音世界に通じる、美しくも冷たい映像音楽。
6. 天使と亡霊のあいだで鳴り響く——「Six Bells Chime」が映す精神の廃墟
「Six Bells Chime」は、単なるポストパンクでも、ゴシックロックでもない。
それは、精神の廃墟を歩く者たちのための聖歌であり、言葉を持たぬ祈りを音に変えた“黙示録的バラッド”である。
Crime & the City Solutionの音楽は、派手な技術や明快な構成とは無縁だが、崩れかけた都市や記憶の中でなお何かを探し続ける“魂の姿”を、これほど強く表現できるバンドは他にない。
鐘の音が告げるのは終わりではない。それは新たな“問いの始まり”なのである。
「Six Bells Chime」は、我々が見落としてきた内なる祈りの残響であり、時の断片が鳴らす、美しくも容赦ない目覚めの音楽だ。
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