1. 歌詞の概要
Sufjan Stevensの「Should Have Known Better」は、2015年にリリースされたアルバム『Carrie & Lowell』に収録された楽曲であり、彼の作品の中でも最も個人的で、感情的に深い位置づけを持つ一曲である。このアルバム全体が、彼の母キャリー(Carrie)と継父ロウェル(Lowell)との関係、そしてキャリーの死を受けての心の旅を描いているが、「Should Have Known Better」では特に、幼少期の喪失感と成長、そして微かな光の兆しと再生が、繊細かつ静謐に描かれている。
タイトルの「Should Have Known Better(もっと分かっているべきだった)」という言葉は、後悔と自己反省のにじむフレーズであり、歌詞の中では、母との関係、見捨てられたという感覚、それに対する内面の痛みが率直に語られている。一方で、曲の後半に進むにつれて、甥の存在などを通じて“光”が現れ、人生の中に再び意味や希望を見出していくプロセスが描かれていく。
このように、「Should Have Known Better」は、喪失の記憶と赦し、そして“今を生きること”への優しい決意をテーマにした、Sufjan Stevensの内面を極限までさらけ出した詩的な作品である。
2. 歌詞のバックグラウンド
本楽曲が収録された『Carrie & Lowell』は、Sufjan Stevensが自身の母キャリーの死を受けて制作したアルバムであり、タイトルにもある通り、彼の人生に大きな影響を与えた母と継父の名を冠している。アルバムは、死別による喪失感だけでなく、キャリーとの関係の複雑さ──彼女が精神的・肉体的に不安定であり、Sufjanの幼少期にほとんど関わらなかったこと──への思いが濃く反映されている。
「Should Have Known Better」は、アルバムの中でも特にパーソナルな視点で描かれており、Sufjanが4歳のとき、母にスーパーマーケットに置き去りにされた記憶がモチーフとなっているとされている。それは単なるエピソードではなく、彼の中にずっと残り続けた“存在の否定”のような感情として根深く刻まれていた。
音楽的にはアコースティックギターと穏やかなエレクトロニクスを中心としたミニマルな編成で、Sufjanの囁くようなボーカルが全体に静かな緊張感と優しさを与えている。この静けさは、感情を爆発させるのではなく、痛みを抱えながらもそれを見つめ直す、彼なりの癒しのプロセスとして機能している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Should Have Known Better」の印象的な一節を抜粋し、日本語訳とともに紹介する。
引用元:Genius Lyrics
I should have known better
もっと分かっているべきだった
To see what I could see
見えるものを、ちゃんと見ようとするべきだった
My black shroud
僕を包む黒い覆いは
Holding down my feelings
感情を押し殺してしまう
A pillar for my enemies
それは敵のための柱みたいに僕の中に立っていた
I was never ready for that grave
僕は死に向き合う準備なんて、できていなかった
I know the time has numbered my days
時が、僕の人生の日数を数えていることは分かっている
I see the light on the outside
外の世界には光があるのが見える
And I feel alive with you
そして君といると、生きているって感じられるんだ
この歌詞は、内なる悲しみを静かに受け入れつつも、誰かとのつながりによって救われていく様子を描いている。
4. 歌詞の考察
「Should Have Known Better」の歌詞は、喪失、記憶、そして許しという普遍的なテーマを、極めて個人的で詩的な表現によって描き出している。冒頭の“black shroud(黒い覆い)”という言葉は、母親の死だけでなく、彼が幼少期に感じた“愛されなかったこと”による深い孤独と喪失感を象徴している。
“I was never ready for that grave”というラインでは、死という現実に対して、精神的な準備ができていない自分を正直に認めている。これは単なる“死別の悲しみ”ではなく、“愛されなかったことに向き合う怖さ”とも読める。つまり、この楽曲の核にあるのは、肉体的な死よりも精神的な断絶の痛みなのだ。
しかし、曲が進むにつれて、Sufjanの視点は少しずつ変化していく。新たな家族(特に彼の兄の子ども、甥)の存在によって、“光”が差し込んでくる。“My brother had a daughter”というラインからは、未来への希望がにじみ出ており、そこで初めてSufjanの感情は“生”の方向へと動き出す。
この構造は、非常に静かでありながら、聴き手にとって大きな感情の起伏を感じさせるものであり、単なる悲しみの吐露ではなく、喪失を経た先の“微かな癒し”を感じさせてくれる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Fourth of July by Sufjan Stevens
同じアルバムに収録された楽曲で、母との最後の会話を幻想的に描いた深淵なバラード。 - Song for Zula by Phosphorescent
愛と痛みのあいだを彷徨う感情を詩的に綴った一曲。Sufjanの作品と同じく、喪失と再生の物語。 - Holocene by Bon Iver
自己のちっぽけさと、それでも存在する価値をテーマにした美しい作品。サウンド面でも近い親和性がある。 - Elephant Gun by Beirut
ノスタルジックでセンチメンタルなメロディが、Sufjanの作風と共鳴する。 - Shadowboxing by Julien Baker
信仰と痛み、回復のあいだで揺れる心を描いたバラードで、内省的な歌詞が共通する。
6. 喪失と再生の物語としての価値
「Should Have Known Better」は、Sufjan Stevensの音楽人生の中でも特に“魂に近い場所”から生まれた楽曲である。商業的な成功やジャンルの枠を超えた評価を受けている彼だが、この曲ではそうした表層的な評価を越えて、“人としての痛みと祈り”を極めて誠実に表現している。
それゆえに、この楽曲は聴く人の人生に深く寄り添い、ときに慰め、ときに問いかけ、ときに希望を与えてくれるような力を持っている。Sufjanは過去を美化せず、痛みをそのまま見つめることで、その先にある“光”の存在を静かに提示している。そしてその光は、劇的ではないが、確かに“生きる理由”を照らす灯として、聴き手の胸に届く。
「Should Have Known Better」は、単なる“悲しい歌”ではない。それは、悲しみに意味を与え、再び歩き出すための“心の旅”そのものを描いた、Sufjan Stevensによる魂の記録である。
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