アルバムレビュー：Sheer Heart Attack by Queen

発売日: 1974年11月8日
ジャンル: ハードロック、グラムロック、ポップロック、アートロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
ファンや評論家の反応

概要

『Sheer Heart Attack』は、クイーンが1974年にリリースした3枚目のスタジオ・アルバムであり、バンドの創造性と大衆性が奇跡的に融合した初の“完全体”ともいえる傑作である。

このアルバムでは、前作『Queen II』の幻想性や構築美を継承しながらも、よりコンパクトでフックのある楽曲構成へと舵を切っている。
初の全英トップ10ヒット「Killer Queen」の成功を筆頭に、クイーンはこのアルバムをもって一躍ポップ・ロックの第一線へと浮上する。

制作時にはブライアン・メイが肝炎で入院していた影響もあり、一部のレコーディングを除いてフレディとロジャーによって進められたセッションもあった。
この状況がむしろバンドの柔軟性と多様性を際立たせる結果となり、収録曲はそれぞれが異なるジャンル性やアプローチを持ちながら、アルバム全体として独特の統一感を保っている。

ハードロック、キャバレー・ジャズ、ミュージックホール、ノイズ・ミュージック、ギターポップ……ジャンルの壁を軽やかに飛び越えるこの作品は、のちの「Bohemian Rhapsody」への布石でもあり、クイーンというバンドが持つポップとアートの二面性を最も鮮明に示した初期のマイルストーンである。

全曲レビュー

1. Brighton Rock

ブライアン・メイによるギターのエコー多重録音が炸裂する冒頭曲。
若い恋人たちの物語を描いたロックンロール調の楽曲でありながら、中盤ではインストゥルメンタルに突入し、ギターが左右に飛び交うサウンドスケープが展開される。
ライブでは延々と拡張されるギターソロの原型でもある。

2. Killer Queen

フレディが描いた上流階級の娼婦像をユーモアたっぷりに歌った、クイーン初の大ヒット曲。
軽やかなピアノ、精緻なギターの装飾、そして圧倒的にキャッチーなメロディが融合し、バンドのアイコニックな存在感を確立した。

3. Tenement Funster

ロジャー・テイラー作・歌唱の一曲で、若者文化と反抗をテーマにした歌詞。
スモーキーな声とグラム調のアレンジが相まって、アルバム中でもユースカルチャーを象徴するナンバーとなっている。

4. Flick of the Wrist

フレディの攻撃的なリリックが冴える楽曲で、業界批判や欺瞞への怒りを毒舌とともにぶつけている。
複雑な構成ながらもシームレスに前後の曲と繋がり、アルバム全体を一つの流れとして聴かせる構造の中核を担う。

5. Lily of the Valley

わずか1分30秒ほどの短い曲ながら、マーキュリーの叙情が詰まった宝石のようなバラード。
内面的な痛みと自己否定、喪失を綴ったリリックには『Queen II』とのリンクも指摘されており、「Seven Seas of Rhye」の続編的存在とも言える。

6. Now I’m Here

ブライアン・メイによるステージ栄光賛歌であり、アメリカツアー中のバンドの経験をベースにしたリリック。
冒頭のコール＆レスポンス的なフレーズや、シンプルながらドライヴ感のあるリフがライヴ映えする代表曲である。

7. In the Lap of the Gods

エフェクトをかけたフレディの歌声と、重厚なオーケストレーション風サウンドが織りなす神秘的な曲。
“神々の膝の上”というタイトルのとおり、運命に身を任せるしかないという宿命論的なテーマが浮かび上がる。

8. Stone Cold Crazy

テンポの速さと鋭利なリフで、のちのスラッシュ・メタルを先取りしたような存在。
この曲は後年、メタリカがカバーしてグラミーを受賞するなど、その先進性が再評価されることとなった。

9. Dear Friends

ブライアン作の小品で、儚く美しいピアノバラード。
アルバムの中で唯一、静けさを持つこの曲は、狂騒の合間の一滴の涙のように響く。

10. Misfire

ジョン・ディーコンが初めて単独で作曲した作品。
短く軽快なラテン調ポップで、恋愛関係のすれ違いを比喩的に描いている。
彼のポップセンスの萌芽がここにある。

11. Bring Back That Leroy Brown

アメリカン・ラグタイムやミュージックホール風の陽気な曲調。
ウクレレベースやトロンボーン風のギターエフェクトなど、実験精神に満ちており、フレディの遊び心が爆発している。

12. She Makes Me (Stormtrooper in Stilettos)

メイによるアコースティックな叙情曲だが、タイトルに象徴される奇妙なイメージや重苦しい余韻が印象的。
終盤の環境音（サイレンや息づかい）は、フロイド的なアートロックの影響も伺える。

13. In the Lap of the Gods… Revisited

本作のエンディングを飾るアンセミックなバラード。
観客との一体感を意識したコーラス構造は、のちの「We Are the Champions」の前兆とも言える。
“Woah woah la la la”の反復が、未来のライブ・アンセムとなる力をすでに秘めていた。

総評

『Sheer Heart Attack』は、初期クイーンの創造力が多様な形で炸裂したアルバムであり、バンドとしてのポピュラリティと芸術性が絶妙なバランスで成立した奇跡の作品である。

本作は、ジャンルの境界を越えることに対して何ら臆さない大胆さが魅力だ。
一枚の中で、ハードロックからミュージックホール、メタルからバラード、ラグタイムから幻想的アートロックまでを行き来する感覚は、まるで音楽的ジェットコースターのようである。
それでいて、どの曲にもクイーンらしい“演劇性”と“誇張の美学”が貫かれており、統一感と多様性が同居する稀有なアルバムとなっている。

クイーンを知るうえで、このアルバムはひとつの“到達点”というより、“飛躍”を捉えるためのキーストーンのような存在である。
聴く者を華麗に翻弄し、何度もリピートしたくなる圧倒的な密度とスピード感に溢れている。

ポップでありながら鋭利、遊び心に満ちていながら誠実──クイーンが唯一無二の存在となる理由が、この1枚にすべて詰まっているのだ。

ファンや評論家の反応

リリース当初、『Sheer Heart Attack』は音楽評論家からも一般リスナーからも熱烈な支持を受け、英チャートで2位、米国でもトップ20入りを果たした。
特に「Killer Queen」はクイーンにとって初のヒットシングルとなり、フレディ・マーキュリーのカリスマ性と作曲力が世間に認知された決定的瞬間となった。

その後の評価も非常に高く、音楽メディアの「ロック史に残る名盤」特集などで繰り返し取り上げられており、初期クイーンを代表する1枚として定番化している。
ファンの間でも「Bohemian Rhapsody」以前の最高傑作として語られることが多く、特にバラエティ豊かな楽曲構成とパフォーマンスの幅広さが高く評価されている。

今日に至っても、本作の実験精神とキャッチーさの絶妙なバランスは、多くのリスナーを魅了し続けているのである。